安心の涙の予感

【カトリック上野教会】

2016年12月4日 待降節第2主日
・ 第1朗読:イザヤの預言:(イザヤ11・1-10)
・ 第2朗読:使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ15・4-9)
・ 福音朗読:マタイによる福音(マタイ3・1-12)

【晴佐久神父様 説教】

 待降節です。
 司祭の祭服も紫色(※1)。何の色か分かりますか? 待つ色、すなわち、希望の色なんですよ、・・・希望の色。高貴な色ですね、紫色。希望の色、・・・・「必ず良くなる」「きっと救われる」。
 私たちに一番必要な、何よりも尊い「希望の色」です。
 クリスマスを準備するこの季節に、この紫色の心で、私たちは日々、希望を持って過ごします。

 先週のフィギュアスケート、ご覧になりましたか(※2)? 私は羽生結弦(はにゅうゆづる)の大ファンなので、(笑) 当然見ましたけれども。普通、同じプログラムは同じ衣装でやるもので、彼はそれまで白を着ていたのに、先週の日曜日の前晩(ぜんばん)、待降節第一主日が始まった夜に見てたんですけど、リンクに出てきて、ジャージをサッと脱いだら、全身、紫(※3)! 私、見た瞬間、「ああ、待降節!」って。(笑) でも、あれは正しい選択ですよ。だって、希望の色ですから。
 きっとうまくいくという、希望。・・・いや、失敗はもちろんある。つらい思いも何度も重ねた。でも、いつか必ず成功する、そしてそれは、そんな遠い話じゃない。もうすぐなんだ。・・・そんな思い。キリスト教は、いつも、その「希望」に支えられています。
 パウロの言い方でいうならば(※4)
 「わたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができる。忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、心を合わせ声をそろえて、わたしたちの主イエス・キリストの神であり、父である方をたたえさせてくださいますように」 (ローマ15:4-6)
 私たちは、パウロの言うとおり、「希望を持ち続け」て、「父である方をたたえ」ます。・・・なんと素晴らしい日々でしょう。希望さえあれば、何があっても恐れることはないのですから。
 「確かに今は、悪い状況だ。しかし、必ず良くなる」
 この希望さえあったら、どんな現実があっても、何も恐れることはない。

 お隣の国では、みんな、つらい思いをしておられますね。大統領の古くからの友人が国政に介入したとかで、国民はみんな怒っているようです。まさに、悪い状況です。
 私、あのニュースで、一つ、気になっていることがある。その「古くからの友人」を、多くのメディアが「親友」って報道しているでしょ、あれ、何だか変じゃないですか?
 だって、「親友」って、あいまいですもんね。正確な報道用語じゃないと思うんですよ。「親友とは何か」っていう定義もないし、まあ、「古くからの友人」とか、「幼なじみ」っていうんだったら、まだ分かりますけど、「親友」っていう情緒的な言葉を、事実のように報道で使うのはどうなんだろう。
 さらに言えば、こっちのほうが重要ですけど、「親友」って、いうなれば「何をおいても相手を助ける友人」ですよね。自分を犠牲にしてでも、その友達を守ったり、その友達のために働いたりする、そういう信頼関係で成り立っている仲を「親友」っていうんじゃないですか? よもや、その友達が逮捕されるようなことを手伝っていたり、その友達が窮地に立たされるようなことを平気でしたリするのを、「親友」って呼べますかね。
 で、ふと今日、この福音書(※5)を読めば、ここにイエスさまの友人が出てまいりますが、こういう仲をこそ「親友」って呼ぶんじゃないですか?
 洗者ヨハネって、イエスさまと、お母さん同士が親戚なんですよね。子どものころから、お互いに知ってたと思いますよ。そういう絵もありますね。幼子のイエスさまと幼子のヨハネが仲良くしているダ・ヴィンチの絵なんかもありますけれど(※6)。もうそれこそ、幼なじみであり、古くからの友人であり、お互いに尊敬し合っている。これは「親友」って呼べると思いますよ。
 「わたしはその人のくつのひもを解く値打ちもない」という翻訳もありますし (口語訳:ヨハネ1:27) 、「履物をお脱がせする値打ちもない」と、ここ(新共同訳:マタイ3:11)ではそう言われておりますが、これは本当に謙遜ですし、相手への尊敬によって成り立つ表現です。
 「わたしの後から来る方は、わたしよりも優れている。その方は、聖霊と火で洗礼を授けてくださる」 (cf.マタイ3:11) 。つまり、「その方を信頼しなさい。その方こそがあなたたちを本当に救ってくださるんだ。彼にこそ希望があるんだ」と、「今、この世の中は、こんなに混乱して大変で、みんなすごく心配しているけれども、それでも、神はもうご自分の救いを表してくださった」と、「私の、あの尊敬する彼が、あなたたちを必ず救ってくださる。彼こそが希望だ」と、そういう思いを込めて紹介するなんていうのは、もう、まさに「親友」だと思う。イエスという「希望」をね、ちゃんと示している。
 それでいうんだったら、さらには、イエスさま自身が、「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」 (ヨハネ15:15) って、ヨハネ福音書の中で言ってますよ。・・・それ、皆さんのことですよ。イエスさまは、「わたしは先生で、あなたたちは弟子だ」って、最初はそうだったかもしれないけど、今や「あなたたちを友と呼ぶ」、それも、いうなれば「親友」ですよ。だって親友の定義が、その人のために自分の身を削る、そのような犠牲を背負う人を「親友」というなら、イエスさまは私たちのために身を捨てましたから、まさに「親友」です。
 こういう友達を、私たちは知っているし、そこから恵みを頂いているし、この親友が、やがてこの宇宙を神の国として完成させるとき、私のもとに来てくださる。この恵み、この希望は、ホントに私たちを支えます。「友になってくれた救い主によって、私たちは、か・な・ら・ず、救われる」という。お隣の国がいま最も必要としているのは、そのような、まことの親友による希望です。
 イエスさまという親友を持って、われわれは、希望で満たされます。

 さっき、イザヤの預言で(※7)、子どもたちが登場しましたけれど、かわいいですね。
 狼と子羊が一緒にいるんです。(ひょう)と子山羊が一緒にいるんです。獅子と子牛が共に育って、ちっちゃい子どもがそれらを導いている (cf.イザヤ11:6-7) 。・・・とってもかわいらしい様子ですね。恐れがない。こんな恵みのときを、われわれは、ホントに心から願います。狼が子羊を食う世の中ですから。豹が子山羊を殺す世の中ですから。私たちは、主がそのような悪の力を完全に滅ぼして、神の国が完成した恵みのときを夢見ます。憧れます
 「乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ、幼子は(まむし)の巣に手を入れる。
 わたしの聖なる山においては 何ものも害を加えず、滅ぼすこともない」 (イザヤ11:8-9)
 この「聖なる山」に、私たちは憧れます(※8)
 ・・・ステキじゃないですか? 最も無力な人が、何も持っていない人が、安心して、何にも害を加えられず、決して滅ぼされることがなく、友達のように、お互いに仲良く過ごしている。・・・われわれは憧れます。「そんな日なんか来るものか!」って思っちゃいけません。・・・憧れます。
 小さい子どもたちこそが、それを導いてくれるって、そう言ってますよ (cf.イザヤ11:6) 。小さい子どもたちに、その希望を与えてもらいましょう。

 先週から、上野教会で、「まんまカフェ」という集いを始めました。孤立しがちなお母さんのための、子育て支援の集いです。
 だいたい、人類は本来、共同保育だったにもかかわらず、最近はバラバラで子育てをし始めているので、無理がきているんですよ。一人の母親がまったく一人で子育てするなんて、たかが、この5、60年の話じゃないですか? その前の50万年、人類は共同保育してたんです。でも、今は、鍵かけたマンションの一室で、ひとりぼっちで、一人の子どもを育ててる。そこで育児ノイローゼになったり、産後うつになったり、密室育児みたいな環境で、心が不安定になってしまう。これはもう、誰が悪いんでもない。当然のことなんです。人類は、体も心も、一人で子どもを育てるようにできていない。
 でも、ここには教会があって、あったかいお部屋もあって、仲間もいます。お母さんたちみんなが子どもを連れて集まって、お互いにおしゃべりして、相談し合って、励まし合って、一緒に食事をしましょうっていう、そんな子育て支援、先週から、ついに始まりました。
 3カ月ほど前から準備をしてきたんですけれども、「まんまカフェ」っていう名前にいたしました。「まんま(mamma)」はイタリア語で「お母さん」ですし、日本語では、子どもが「まんま、まんま」ってご飯を求めますし、何よりも、「お母さん、あなたは立派にならなくても、そのまんま(・ ・ ・)で、だいじょうぶなんだよ」っていうメッセージを伝える、そんな「まんまカフェ」。毎週木曜日の12時から、一緒に集まって、神父さんの福音のお話を聞いたりもして、お祈りをしてご飯を食べる。それで、「一緒ご飯で子育て支援」っていうサブタイトルを付けました。
 先週、第一回をやって、楽しかったですよ。スタッフみんなでご飯を炊いて、おむすびを作って、お味噌汁も用意して。子連れのお母さま方が来てくださって、用意したキッズコーナーで、子どもがハイハイしたりね、泣きじゃくったりね。
 ・・・いいですね、子どもの泣き声っていうのは。「う~ん、泣いていいよ。もっとお泣き♡」っていう感じになってきますね。(笑)
 神父さまもワンちゃんの指人形をはめて、緊張しながら赤ちゃんに、「こんにちは~ε(*´・∀・`)੭⁾⁾」 とかってやったんですけど、ブスッとした顔をして顔を背けられて。(笑) 思いましたよ、「ああ、おれは子育てには向いてないんだなぁ・・・(;´ 3`)」って。(笑)
 まあでも、お母さんと子どもたちが集まって、教会で一緒にご飯を食べる。・・・ステキでしょ? 「お手伝いしてください」って頼んだら、10人近くの方が手伝ってくださってます。
 中のお一人は、「私はもう、おばあちゃんで役に立たないから・・・」って言うんで、「いいえ、もう、ただ一緒にいてくださるだけでいいですから」って言ったら、「あら、そうぉ? じゃあ、お手伝いしようかしら。私も一応7人育てたから」って言うんですよ。(笑) すごいですよね、5男2女育てたって。もう、まさにそういう方と一緒にご飯食べるのが、「まんまカフェ」。だって、そんな人が隣に座っていたら、お母さん、ホントに安心でしょ? 「うちの子が、こんな症状で、不安です」とか言っても、5男2女育てたおばあちゃんが、「あ~ら、そんなのほっときゃ治るわよ」ってひとこと言ってくれたら、もうそれだけで百人力じゃないですか。
 教会でね、そういう、・・・何ていうんでしょう、・・・みんなで、明日のことを信じて、「これから、きっとうまくいくんだ」っていう思いを持って、一緒にご飯を食べている。これは神の国の始まりですよね。だって、教会は神の国の先取りですから。しるしですから。そんな教会を見れば、希望が湧いてくるはず。「ああ、これはうまくいくんだ」「これからどんどん良くなるんだ」と。先週の集まりでも、一人のお母さんが、心のうちを話せて、思わず涙をこぼしていました。安心の涙ですね。
 もちろん、現実には、いいこと悪いこと、波があるように見えても、神さまが最終的に悪いことで終わらせるはずがない。必ず良くしてくださる。やがて「聖なる山」 (イザヤ11:9) をつくってくださる。そして、そこでは本当に、一番弱い子どもが最も恐ろしいものと共にあっても大丈夫。・・・そんな恵みの日を、われわれは希望します。待ち望みます。「必ずその日が来る。その(きざ)しはもう始まっている」という信仰を、この待降節の間、ず~っと大切にし続けます。
 天の国が完成した時がどんなであるか、まだそれはだれも分からない。分からないけれども、「必ず来る」と信じるその先取り感、「それはもうすでに、ここに始まってるんだ」というその先取り感は、すごく大事。教会っていうのは、そうなんです。変な言い方、すごく欲深いんです。ただ待ってるだけじゃなく、「もう、ここで恵みの日のお祝いを始めちゃおう!」みたいな感じ。
 「まんまカフェ」、応援してくださいね。12月の22日には、クリスマス会をやります。この「まんまカフェ」のね。木曜日のお昼からですけど、これはなるべく大勢集めたいので、お知り合いの、子育てのことで悩んでいる方とか、孤立しているお母さまとか、最近とても暗~くなっちゃってるお母さまとか、いらしたら、ぜひ声を掛けて、「希望があるよ」と、「だいじょうぶ! 仲間がいるよ」と、教えてあげてください。
 22日は、聖歌隊も歌ってくださるそうですから、よく練習して、子どもたちが泣かないような歌を、(笑) ぜひ、よろしくお願いいたします。
 みんなで「希望」を新たにしましょう。やがて来る、その神の国が、どんな喜びの日であるかを思うと、ホントに胸が熱くなります。

 先週、『君の名は。(※9)』っていう映画を観ました。
 久しぶりに映画館で映画を観たんですけど、なかなか感心しました。まあ、恋愛もののアニメ映画なんですけど、ホントにきれいな映画でね。ただ、「話をもうちょっとだけ整理したらいいのにな~」って、「どうして脚本の段階で私に声掛けてくれないんだろう・・・」って、(笑) 思いながら観てましたけど。
 でも、そのテーマの展開はとても面白かったし、何より、そこに流れている、あの、「未来の先取り感」みたいな、あの気配、あれはすごい。ぜひご覧になったらいいと思う。
 「なぜか知らないけど、涙がこぼれてきちゃう」っていう、一つの重要なテーマが流れてるんですね。なぜか知らないけど涙がこぼれてきちゃう。悲しみの涙ではなく、まるで、いつの日か来る感動の日の先取りのように。未来の先取り・・・。
 まあ、およそ恋愛映画なんていうものはですね、「会えそうで、なかなか会えない」っていう状況をつくって、主人公をいじめればいじめるほど、盛り上がるんですよ。あるいは、「打ち明けたいのに、なかなか打ち明けられない」とかね。そして、「もう、あの幸せな日々は、二度と帰ってこない。もう決して取り返すことができない」っていう切なさとかで、盛り上げる。主人公を、そんなふうに、会えそうで会えなかったり、伝えられそうで伝えられなかったり、取り戻せそうで取り戻せなかったりっていう限界の状況に追い込めば追い込むほど、恋愛映画は盛り上がる。
 この映画もそうして盛り上げるわけですけど、ちょっと不思議なんですよ。もうはじめっから、決して会えなさそうでありながら、会える予感に満ちている。ネタバレになるから、具体的には何も言いませんよ、これ以上はね。(笑) あるいは、決して伝えられなさそうなのに、伝えられそうな、その予感に満ち満ちている。そして究極は、二度と絶対取り戻せなさそうなのに、それが取り戻せるんじゃないかっていう予感に満ち満ちている。で、その会えた時、伝えられた時、取り戻せた時の、その安心、その安心の涙みたいなのを、先取りしてこぼすんですよ。・・・何のことか分かりませんねえ。(笑) ぜひご覧になっていただければと思いますが。
 「未来の安心を、先取りして泣いている」
 ・・・私、これはなんか、うれしかった。神の国を待ち望む一人の神の子として。その先取りをこの世に実現させようと頑張っている一人のキリスト者として。

 時々、ふいに胸を突いてあふれてきそうになる、喜びの予感・・・。ありますでしょう?
 この世界が、こんなひどい世界で終わるはずがない。これほどの苦しみが無駄で終わるはずがない。「みんな救われるんだ」「必ず報われるんだ」、そんな恵みの日が、とてつもない愛の力によって用意されている。それを先取りしているかのような、この、胸にぐっとくる、熱い、熱い、「予感」。
 私は、そんな予感、そんな気持ちに、いつも胸が震えています。それは言葉にならないんだけれども、安心の涙の予感に、思わず今、涙こぼれそうになる。・・・待降節の神髄です。
 やがて、・・・やがて、私は、「聖なる山」で、涙をこぼすでしょう。「聖なる山」で。
 もう何も恐ろしいものがない。何も人を傷つけるものがない。だれも人を恨んだり争ったりすることがない・・・その日、私は、安心の涙をこぼすのです。・・・その日を予感すると、今にも、こぼれそう。


【 参照 】(①ニュース記事へのリンクは、リンク切れになることがあります。②随所にご案内する小見出しは、新共同訳聖書からの引用です。③画像は基本的に、クリックすると拡大表示されます。)

※1:「待降節です。司祭の祭服も紫色」(既出)
 ・ 「待降節」については、>こちらに少し説明してありますので、興味のある方はご覧ください。
 ・ 「司祭の祭服も紫色」
  司祭が祭儀(ミサ)のときに着用する祭服の色は、「赤」「白」「緑」「紫」などで、典礼暦や、各祝日などの意味を視覚的に表現しており、それに従って変更される。カズラ(祭服の盛衣)には、採食や刺繍が施されている。
 紫色は、償い、回心、節制、待望(希望)、つつしみなどを意味し、用いられるのは、降誕祭(クリスマス)を待望する待降節、復活祭(イースター)を待望する四旬節、天に望みをかける死者のための典礼のとき。
 その他の祭服の色や、その意味などは、>こちらに少し説明してありますので、ご興味のある方はご覧ください。

☆4枚の画像がスライドショーになっています。画像下の矢印(< >)で、戻ったり進んだりができます。また、クリックすると拡大します。(画像は、2015年待降節、2016年四旬節にカトリック多摩教会で撮影)
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※2:「先週のフィギュアスケート、ご覧になりましたか?」
 この日の前の週、2016年11月25日(金)から、27日(日)まで、フィギュアスケートのグランプリシリーズ最終第6戦のNHK杯が、札幌市の真駒内セキスイハイムアイスアリーナにて行われた。
 25日にショートプログラム(SP)で103・89点をマークして首位に立った羽生結弦選手(ANA)は、26日のフリースケーティング(FS)でも197・58点をマークして、今季世界最高の合計301・47点で2年連続3度目の優勝を決めた。
(参考)
・ 「2016 NHK杯 国際フィギュアスケート競技大会」(公式サイト)
・ 「フィギュアスケートグランプリシリーズNHK杯2016 日程と時間」(フィギュアスケート+
・ 「羽生結弦 NHK杯スケート日本大会2016 ショート・フリーの試合予定と結果速報」(ぐぐスポニュース速報) など
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※3:「全身、紫!」
 羽生結弦選手のショートプログラムの曲、「レッツ・ゴー・クレイジー」はアメリカのロック歌手、プリンスの曲。ライブ感があり、見ている人がワクワクするような演技をしようと思って、衣装はプリンスのイメージカラーである紫に変更したという。また、これまでの白い衣装に「悪いイメージもあった」とのこと。
 羽生選手自身、上着を脱いだとたんの観客の反応や、コーチの「良かったね」という感想にも喜んでいた様子。全体的な評判は上々のようだが、お菓子の「ルマンド」に似ているとの反応も。

☆スライドショーになっています。画像にカーソルを合わせると、矢印が表示されますので、ご利用ください。>こちら をクリックすると、さらにいろいろなの画像をご覧いただくことができます。
(参考)
・ 「羽生結弦 NHK杯フリーの滑走順と時間は?衣装を白から変更 評判は良い? [スポーツ] 」(「SUN HOUSE」/個人ブログ)
・ 「白?紫?羽生結弦選手がFSの衣装を変更してネットで賛否の声」(「ASA-JO」/情報サイト)
・ 「買いに行く人続出!?羽生結弦の紫の衣装がどうみても”アレ”にしか見えないと話題」(GirlsChannel
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※4:「パウロの言い方でいうならば」
この日、2016年12月4日(待降節第2主日)の第2朗読箇所は、以下のとおり。
 使徒パウロのローマの教会への手紙15章4~9節
  〈小見出し:「自分ではなく隣人を喜ばせる」15章1~6節、「福音はユダヤ人と異邦人のためにある」7~13節から抜粋〉
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※5:「この福音書」
この日、2016年12月4日(待降節第2主日)の福音朗読箇所は、以下のとおり。
 マタイによる福音書3章1~12節
  〈小見出し:「洗礼者ヨハネ、教えを宣べる」3章1~12節〉
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※6:「幼子のイエスさまと幼子のヨハネが仲良くしているダ・ヴィンチの絵なんかもありますけれど」
da_vinci_-_vergine_delle_rocce-m
 『岩窟の聖母』(パリ版)
  作者:レオナルド・ダ・ヴィンチ
  製作:1483年-1486年
  所蔵:ルーヴル美術館
  (向かって左がイエスさま。右は洗者ヨハネ。中央は聖母で、右の女性は大天使ガブリエルまたはウリエル)
  ***(クリックで拡大します)***
その他にも、いろいろあり、たとえば以下のようなものが挙げられる。

☆4枚の画像がスライドショーになっています。画像下の矢印(< >)で、戻ったり進んだりができます。また、クリックすると拡大します。順に、バルトロメ・エステバン・ムリーリョ『貝殻を持つ聖なる幼児たち』(1670)、ベルナルド・ストロッツィ『聖母子と幼児聖ヨハネ』(1620)、ラファエロ・サンティ『ベルヴェデーレの聖母 (牧場の聖母)』(1505 – 1506)、ピーテル・パウル・ルーベンス『聖家族と聖フランチェスコ、アンナ、幼児洗礼者ヨハネ』(1630)
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※7:「さっき、イザヤの預言で」
この日、2016年12月4日(待降節第2主日)の第1朗読箇所は、以下のとおり。
 イザヤの預言11章1~10節
 〈小見出し:「平和の王」11章1~10節〉
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※8:「この『聖なる山』に、私たちは憧れます」
===(聖書参考箇所)===(朗読箇所から部分抜粋)
狼は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さい子供がそれらを導く。牛も熊も共に草をはみ、その子らは共に伏し、獅子も牛もひとしく干し草を食らう。乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ、幼子は蝮の巣に手を入れる。 わたしの聖なる山においては、何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。 (イザヤ11:6-9途中/赤字引用者)
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※9:『君の名は。』
 新海誠監督の長編アニメーション映画。2016年8月26日公開。
 日本国内の興行収入は公開後2日間で7.7億円。14週目には『もののけ姫』を超え、15週目には興行収入199億円を突破して『ハウルの動く城』を超え、邦画収入歴代2位に。(1位は『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』)
 また、洋画を含めた歴代興行収入ランキング(興行通信社)では、1位の「千と千尋の神隠し」(308億円)、「タイタニック」(262億円)、「アナと雪の女王」(254・8億円)、「ハリー・ポッターと賢者の石」(203億円)に続いて現在5位となっている。(2016年12月5日現在)
 現在も上映中につき、「大ヒット」ということにとどめ、内容は、ここでは割愛します。

(参考)
映画『君の名は。』(公式サイト)
『君の名は。』(ウィキペディア)
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2016年12月4日(日) 録音/2016年12月18日掲載
Copyright(C)晴佐久昌英