カッコいいキリスト者

【カトリック浅草教会】

2017年5月21日 復活節第6主日
・ 第1朗読:使徒たちの宣教(使徒言行録8・5-8、14-17)
・ 第2朗読:使徒ペトロの手紙(一ペトロ3・15-18)
・ 福音朗読:ヨハネによる福音(ヨハネ14・15-21)

【晴佐久神父様 説教】

 先週、とっても励まされたんですけど、そのお話から。・・・あるコンサートで励まされたんですけどね。
 皆さんは、山下達郎(※1)っていうミュージシャンをご存じですか? 私は大ファンで、40年前からずっと聴いてますし、初期のころから、コンサートにも通っております。だけど最近は、コンサートの人気が高まって、チケットがなかなか取れない。ライブハウスでやったりもするんですけど、ライブハウスなんか、400席のところに応募が6万通。当たるはずがない。今回はNHKホールで、これもなかなか当たらないんですけど、何年かぶりでようやく当たった。うれしかったなあ・・・。久しぶりにナマを聴くことができた。達郎さん、何にも変わってなかった。
 彼、私より四つ上なんですけど、相変わらずカッコよかった。みてくれのことじゃないですよ。 ・・・「生き方」というのかなあ。時代や流行に振り回されることなく、自分がやりたいことを、やりたいように、やる。
 たとえば、ご存じのとおり、テレビに出ない。あるいは、・・・そう、アリーナとか、スタジアムコンサートとか、絶対やらないんです。ホールコンサートだけ。それは、聴きに来てくれたみんなの顔が見える、みんなに声が届く、そういうことを、彼はやりたいから。実際に、アンプラグドっていうんですけど、電気を通さないで、生声(なまごえ)で歌ったりするんですよ、ホールで。『RIDE ON TIME(※2)』(ライド・オン・タイム)っていう名曲の、最後のところのお約束のサービスなんですけど、演奏止めて、マイクから離れて、生声で歌うんですよ。これが、3階の後ろまで、よ~く聞こえる。いい声でね。達郎さんの声、ホントに私はもう、ほれっぼれするんですけど、そういう、「あなたたちと生でつながりたい」っていうね、彼のその意地というか、モチベーションに、励まされるんです。
 わが青春の80年代、彼の歌をよく聴きましたし、コンサートにもよく行った。彼はあのころと、何にも変わってない。そんな彼の歌声に、あのころの夢とか情熱とかが、生々しくよみがえってくるし、励まされるというか、「よ~し、オレだって負けないぞ!」みたいな気持ちになるわけですよ。私なんかは、そんな才能もないし、失敗ばかりだし、実はコンプレックスの塊みたいな人間ですけど、同じ世代が意地張って、やることやって輝いてる姿を見ると、自分もこんなふうにカッコよく生きたいなって、つくづく思わされました。

 彼がね、コンサートでこんなこと言ってました。「実は今日も、スタッフから3時間以内に収めてくれと言われてるんだけど、どうしても時間超えちゃう」って。で、実際、休みなしで3時間歌いっぱなしなんですよ。じゃあ、それはなんでかっていうと、
 「自分も、いつまで声が出るか分からない。もしかすると、このコンサートが最後になるかもしれない。この曲が、自分が歌う最後の曲になるかもしれない。そう思うと、どうしてもカットできないというか、一曲一曲、本気でやりたくなって、結局、3時間超えちゃうんだ」
 そんなこと言われると、聞いている方も胸が熱くなるし、「頑張れよ!」っていう気持ちにもなるし、「頑張るぞ!」っていう気持ちにもなるし。
 コンサートの最後にはね、こうも言ってました。
 「やっぱり、自分もそれなりに歳を取りました。来年からは、年金受給者です」
 場内が沸いてましたけれども、そこは、観客も同じ世代ですから。そして、
 「皆さんも、家族の問題、健康の問題、介護の問題、いろいろと苦しい思いもしていると思います。私には、何もしてあげることができません。でも、音楽の力で励ますことくらいは、できる。このコンサートが、ちょっとの気晴らしにでもなってくれれば、うれしいです」と。
 ・・・そういうことをね、言ってくれるわけですよ。
 それこそ、私もそんな世代になってきたわけですしね、「これが最後のミサになるかもしれない」とか、「最後の説教になるかもしれない」とか、そう思ったら、「何かそれらしいことを言っときゃいいや」なんていういい加減な気持ちじゃなくって、本当に、今、ここで、目の前の皆さんに、(なま)の言葉をね、・・・「なま」っていうなら、それこそ、このマイク切りましょうか・・・(笑) ちゃんと、生の言葉を、生きた福音を、ここにいるみんなに語り掛けたい。
 だって、それこそ、達郎さんの言うように、私たちみんな、家族の問題、介護の問題、健康の問題、それぞれ抱えている。それをなくすことはできないけれども、福音で励ますこと、励まし合うことはできますから。「ここに信仰の仲間がいるぞ」「福音には希望があるぞ」「教会家族で、一緒に試練を越えていこう」、そう呼び掛けることができる。そこにはやっぱり誇りを持ちたいし、やりたいこと、やるべきこと、一日一日を生きてこその司祭職なんだなあ・・・と。
 アンコールの後でね、達郎さんが最後に言ったひと言に、ぐっと来た。
 「それじゃあ皆さん、一緒に、カッコよく年取っていきましょう!」
 「カッコよさ」って、大事ですよね。もちろん、姿かたちのことじゃないですよ。・・・生き方ね。ぼくら、宗教者だったら、神のみ前にカッコいいかどうかでしょう。あのイエスがカッコよかったように。教皇フランシスコがカッコいいように。・・・あの人たちはホントにカッコいいな~と思う。周りに振り回されず、自分を信じて、やることを、精いっぱいやる。自分の弱さを抱えながらでも、目の前の一人を大切にする。「ああ、カッコよく生きていきたいな~」って、つくづく思うわけですよ。

 今日、「世界広報の日(※3)」なんですけど、教皇フランシスコがメッセージを出してました。
 そのなかで、こんな言葉が目を引きました。
 「他者に対して先入観を抱かずに、出会いの文化を育もう(※4)
 ・・・先入観にとらわれることなく、目の前の人とちゃんと出会う、そういう文化ですね。
 教皇は、カトリック13億人のまとめ役として、素晴らしい仕事をしてるわけですけど、あの方の態度はまさに出会いの文化の模範です。私はもう3度もお会いしてますけど、そこに何万人いようとも、ホントに一人ひとりを大切にしてますよっていう振る舞い、しぐさ。
 一般謁見のときも、車から降りて、一人ひとりと握手したりね。だから私も、「ここにも来てくれるかも・・・!」って通路の一番前に行って待ったりもしたんですけど、あまりにも一人ひとりに時間をかけるんで、集まった人たちは、結構、帰ってくんですよ、どんどん。みんな帰っていくのに、教皇が残ってるんです。一般謁見が終わってから、2時間近く。・・・お疲れでしょうしね、でも、「一人」、また、「一人」・・・っていうね。もう、まさに先入観ナシです。偉い人か貧しい人か、そんなこと、彼にしてみたらどうでもいいこと。それこそ、ホームレスの方を、自分の誕生日にお招きしたりしてますよね。・・・カッコいいんですよ、やっぱり。
 私もね、どうしても先入観にとらわれちゃうし、面倒なことはヤダなって思っちゃうし、もう、到底及びもつかないけど、でも、カッコよさに憧れるのはいいでしょ? 憧れるくらい、許してくださいよ。どうせ大した中身もないんだから、せめて、ちょっとカッコいいことしたいなあ・・・ってね。

 それで言うんだったら、今日の福音書(※5)を見てみたいわけですが。
 イエスさまが、「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない」 (ヨハネ14:18) と。
 今日の集会祈願(※6)でもね、そのことがお祈りされてましたけども。
 「あなたがたのところに戻って来る」 (ヨハネ14:18)
 こういう宣言、私はホントにカッコいいと思う。これは告別説教ですから、殺される前の日の言葉ですね。自分が明日殺されることは知っている。それで、みんながどれほど不安になるか、どれほどつらい思いをするか、それはもう、イエスは重々承知です。彼にとっては、もう、みんなが家族ですから。 ・・・ここに集まってる皆さんのこともそうなんですよ。イエスにとっては、み~んなが掛け替えのない人。家族です。先入観なしです。罪びとだとか裏切りだとか、そんなことはどうでもいい。ともかく、目の前の家族の一人ひとりを、イエスさまはホントに大切に思っていて、その一人ひとりが、どれほど苦しむかということを分かっていて、しかし、命がけで、こう宣言する。
 「あなたがたを、一人にしておかないよ」と。
 「みなしごにしないよ」と。
 みなしごほど、つらいもの、ないですから。一人ぼっちで。誰も守ってくれない。

 昨日も、『この世界の片隅に』っていう映画の上映会と授賞式をやって(※7)、私、授賞理由を述べましたけれども、そのときに言いました。
 「『この世界の片隅』なんて、ホントはない。この世界の片隅の一人が、ホントに幸せにならない限り、誰も幸せにならないんであって、この世界の片隅に見えるところが、実は宇宙の中心なんだ。こんな小さな一人ひとりだけれども、その『一人』が大切だっていうことこそが、キリスト者の心だ。イエスさまはこう言った。『これらの小さな者を、一人でも軽んじないように気をつけなさい』 (マタイ18:10)
 あの映画で、最後にみなしごが出てくるんですね。原爆の話なんで、親が死に、自分もけがしている、一人の小さな女の子。で、主人公が、その女の子と出会って、ほっておけず、世話をするうちに、家族になっていく、そういうエピソードを、映画の最後に付け加えてるんです。
 私、監督とは楽屋で対談し、授賞式の後では壇上での対談をやったんですけど、「あれは原作にあるんですか?」って聞いたら、「原作にはない」と。ただ、「戦争で、主人公はもちろん、みんな苦しんだ。そんな悲劇の中に、救いをもたらしたかった」って言ってました。人の心にある、その美しい思い。みなしごが一人ぼっちでいると、どれほどさみしいか、つらいか。それをなんとか救ってあげようとして、家族になるっていう温かさ。物語の中でね、それをつくり出していく心。
 監督も、「私もカトリックの幼稚園の出です」って言ってましたけれど、イエスさまの「決してみなしごにはしておかない」っていう心は、みんな持ってるはずです。で、現に、みなしご同然っていう人たち、いっぱいこの世界にいますよね。「救いをもたらしたい」っていう思いは、誰もが持っているはずです。なんかこう、自分もやることやっていきたいなあって、思わされるわけですよ。

 先週の木曜日に、「まんまカフェ」っていう子育て支援の遠足をしたんですけど(※8)、上野公園にシートを敷いて、でっかいのぼりを立てました。目立つように、「一緒ごはんで子育て支援 まんまカフェ」っていうね、おっきなのぼりの旗を立てて、風船浮かして、上野教会で作ったご飯をいっぱい持ってきて、お母さんと子どもたちで、遠足をしたんです。ホントに天国みたいだった。
 ちなみにあの日は、東京はあちこちで豪雨の日で、(ひょう)が降ったところもあったっていう日。でも、私はずっと祈り続けていたので、上野は雨に当たらずに済みました。雲が分かれたんです。・・・ホントなんですよ、スマホのアプリで雨雲を見てたら、西から来た雲が品川の方と足立の方に分かれて、上野の上だけ日が差したんです。(・・・笑) ともかくも、楽しい楽しい遠足でした。
 で、そこに乳母車でね、子連れのお母さんが通りかかった。みんなでお誘いして、「一緒に食べましょう!」って言ったら、座って、食べてくれたんですよ。子ども同士はすぐ仲良くなって、シートの上で遊びまわって、大人同士も、子育ての悩みを話し合ったりとか。乳母車のお母さん、「そのうちに教会に行きます」って言ってましたよ。なんかちょっとこう、先入観なしというか、偏見なしというか、「一期一会でも、みんな家族だ~!」みたいな感じがそこに生まれて、すごくうれしかった。
 だけどね、そんな時に、そういう幸せそうな親子連れの私たちを、遠くの方でね、じ~っとホームレスの人たちが見てるんですよ。上野公園には、いっぱいおられますよね。家を持たず、家族をもたずに、まさに「この世界の片隅」を生きている人たち。私たちを見て、家族のことを思い出してるのかもしれない。私、その人たちも誘いに行こうかどうか迷ってね、「ほら、見てるよね、こっち」って、みんなとも話して。でもね、行けなかった。・・・カッコ悪いねえ。なんだか、行けなかった。「でも、やがては誘いたい」って思ってる。

 そんな思いもあって、「家のない人、身寄りのない人と一緒にご飯を食べましょう」っていう企画を進めています。実は今日、浅草教会で、その小さなミーティングをするんです。関心のある方はどうぞ。
 それは、「福音家族」の一つとして、「ホームレスと一緒ごはんをする」っていうプロジェクトで、もうすでに賛同者が何人かおられて、シスターも加わってるんですけど、コンセプトは、「家族としてお招きして、一緒ごはんをする」っていう・・・いわゆる「炊き出し」じゃないんです。外で炊き出して、そこで行列してご飯をもらって、一人で食べてっていうんじゃなく、チケットを作って招待制にして、無料でご招待して、ちゃんとしたシェフや料理人にお料理を作ってもらって、各テーブルにスタッフも一緒に座って、一緒に食事をする。考え方としては、「食べ物」を提供するんじゃなくて、「一緒にご飯を食べる家族」を提供する、そういうプロジェクトです。これを、今年の9月からやりましょうっていうことで、話を進め始めているところです。
 なんか、ちょっと、カッコいいでしょ。・・・だけどね、「格好」って大事だなあって思うんですよ。もちろん、ただ「カッコつける」っていうような浅い意味じゃなくて、「神さまのみ前に、ちゃんとしたことをやろう!」っていう、「やっぱり、神の子として、カッコ悪いこと、できないよね」っていう、そんな気持ちで、やるべきことをやる。

 他にも「福音家族」、いろいろ始まってます。おととい始まったプロジェクトは、貧困家庭で学習の機会が乏しい、塾はもちろん、学校にもちゃんと行けてない、そんな子どもたちに、学習支援をしようっていうプロジェクトです。一応、「福音教室」って呼んでますけど、今、賛同者が次々現れてるところで、現役の先生方も協力してくださるということで、これも、秋から軌道に乗せたいです。できれば毎週一回ね、子どもたちに無料で勉強を教えるわけですけど、毎回、勉強終わったら、一緒ごはんをやる。
 ホントは、いわゆる「こども食堂(※9)」っていうのをやりたかったんだけれど、いろいろ聞いてみると、「こども食堂」には、なかなか当事者の子どもが集まらない。特に、貧困家庭の子どもたちは、自分のことを隠したがるし、親をかばおうとするし、「貧しい子どものため」っていう所に行けないんですよね。だから、「学習支援」と銘打っておいて、「勉強に来てるんだよ。でも、ご飯も出た」、それだったら来れるだろうっていう、そういう作戦ですけれど、これも、関心のある方、ぜひ声を掛けてください。
 「この世界の片隅」を、決してイエスさまは見逃しません。その、お手伝いです。われわれは、先入観があって、偏見があって、その上、わが身が大事で、ついつい見ないふりをする。私だって、いつもそう。だけど、それだけで人生終わるのもカッコ悪いから、もう、おままごとでいいから、ちょっとね、カッコいい真似をしたいな~って、そんな程度です。そんな程度だけれど、「自分も、ちょっとカッコよく生きたいな~」と思う方はね、ぜひ、声を掛けてくださいね。

 今、そんな、「福音家族で一緒ごはん」のチームが、もう10くらいできてますけれども、まだまだ増えていきますよ。今日はちなみに、3時から、ベトナムの留学生の「一緒ごはん」の日。・・・何人来ますかねえ・・・、前回は25人来て大変でしたけどね。でもね、昨日集まった「福音カフェ(※10)」のみんなが、「明日のベトナムグループのために」って、お鍋の用意をして帰ってくれましたよ。
 そんなわけで、食べ物が必要です。あちこちでそんな話をしてるせいか、お米、野菜、お肉・・・・、今、届き始めておりますが、皆さんも、余ってるものもありますでしょう、どうぞ、無駄にせず分かち合ってください。そして、みんなで、まさに、「先入観のない出会いの文化」っていうのを、教皇さまが言うように育んでいきましょう。
 「あなたがたをみなしごにはしておかない」 (ヨハネ14:18) 、「あなたがたに助け手である、聖なる霊を送る」っていう(※11)、この約束を信じて、カッコいいキリスト者になりたい。


【 参照 】(①ニュース記事へのリンクは、リンク切れになることがあります。②随所にご案内する小見出しは、新共同訳聖書からの引用です。③画像は基本的に、クリックすると拡大表示されます)

※1:「山下達郎」
◎山下 達郎(やました たつろう)
シンガーソングライター、ミュージシャン。
音楽作りに対する独自の制作姿勢から「音の職人」とも。
 1953年2月4日生まれ(東京都豊島区 池袋出身)
 1975年、大貫妙子らと、シュガー・ベイブとしてデビュー。
 1976年、アルバム『CIRCUS TOWN』でソロ・デビュー。
 1980年、「RIDE ON TIME」が大ヒット。
 1983年、アルバム『MELODIES』(’83年)に収められた「クリスマス・イブ」は、20年以上にわたってオリコンチャートイン。1988年には、JR東海のクリスマス・キャンペーンのCMソングに使われ、以降、日本のクリスマス・スタンダード・ナンバーとなる。
 1984年以降、竹内まりや全作品のアレンジ及びプロデュース、CMタイアップ楽曲の制作、他アーティストへの楽曲提供など、幅広い活動を続けている。
(参考)
・ 「山下達郎 OFFICIAL WEB SITE
・ 「山下達郎」(ウィキペディア)
・ 「【CM 1988-92】JR東海 X’MAS EXPRESS 60秒×5」(YouTube)
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※2:「RIDE ON TIME」(ライド・オン・タイム)
山下達郎の通算6作目および通算37作目のシングル。
 1980年5月1日と2003年2月19日にそれぞれ発売された。
 1980年には、日立マクセル UDカセットテープのCMに、また、2003年には、TBS系ドラマ 日曜劇場「GOOD LUCK!!」の主題歌に用いられている。
 シングルは50万枚を売り上げ、この曲で初めてオリコンチャートのベスト10入りを果たした。現在、この曲は、いわゆるシティ・ポップスの嚆矢(こうし=物事のはじめ)と位置付けられている。
(参考)
・ 「RIDE ON TIME」(ウィキペディア)
・ 「RIDE ON TIME CM」(YouTube)
・ 「Good Luck!! (2003) Ending+Credit – Ride On Time」(YouTube)
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※3:「世界広報の日」
◎ 「世界広報の日」
20170521kouhounohi-S カトリック教会には、いろいろな祈願日があり、「世界広報の日」は、毎年「復活節第6主日」に定められている。(今年、2017年は、5月21日だった)
 この日は、福音宣教のための分野の中でも、特に、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、映画など、広報媒体における教会の役割、また、広報媒体を通した社会や人々へのかかわりを、教会全体で考え、反省し、祈り、献金を行う。
 「世界広報の日」は、第2バチカン公会議の最初の公文書、「広報機関に関する教令」によって定められ、1967年以降、毎年、特別のテーマが決められ、教皇メッセージが出されている。今年のメッセージのタイトルは、「恐れるな、わたしはあなたと共にいる」(イザヤ43・5)、「現代に希望と信頼を伝える」。
(参考)
・ 「日本の教会における祈願日等の解説」(カトリック中央協議会)
・ 「第51回「世界広報の日」教皇メッセージ (2017.5.21)」(カトリック中央協議会)
・ 「第51回「世界広報の日」記念講演会(2017年5月28日)」(聖パウロ修道会)
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※4:「こんな言葉が目を引きました。『他者に対して先入観を抱かずに、出会いの文化を育もう』」
===(教皇メッセージ参考箇所)===
他者に対して先入観を抱かずに、出会いの文化を育むことにより、確かな信頼をもって現実に目を向けられるよう助ける、建設的なコミュニケーションをわたしは皆さんに強く勧めます。(「第51回「世界広報の日」教皇メッセージ(2017.5.21)」より抜粋/赤字引用者)
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※5:「今日の福音書」
この日、2017年5月21日(復活節第6主日)の福音朗読箇所から。
 ヨハネによる福音(ヨハネによる福音書)14章15~21節
 〈小見出し:「聖霊を与える約束」14章15~31節から抜粋〉
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※6:「集会祈願」 (既出)
 ミサの導入部における「開祭の儀」のまとめのようなもので、この祈願によって、祭儀の性格が表現される。
===(この日の集会祈願全文)===
 
いつくしみ深い神よ、主イエスは最後の晩さんの席で弟子たちに、「あなたがたをみなしごにはしない」と約束してくださいました。どのような時も助け主である聖霊に支えられ、キリストとともに生きる恵みを、わたしたちに与えてください。
 聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。 (『聖書と典礼』〈復活節第6主日A年 2017.5.21〉、p2、オリエンス宗教研究所/赤字引用者)

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※7:「昨日も、『この世界の片隅に』っていう映画の上映会と授賞式をやって」
20170521syou-omote-S 20170521syou-ura-S←チラシの裏は、クリックで拡大すると、pdfファイルで表示されます
 映画、『この世界の片隅に』(片渕須直監督・2016年11月12日劇場公開)は、2016年度、第41回カトリック映画賞に選ばれた。
 この映画賞は、カトリックの国際的な団体であるSIGNIS(世界カトリックメディア協議会)の日本組織、SIGNIS JAPAN(シグニス・ジャパン)が、毎年、前年の12月から当年11月までに、日本国内で制作、公開された映画の中から、カトリックの世界観と価値観に、最も適った作品を選んで贈る賞で、 幸田和生東京教区補佐司教は、同組織の顧問司教、晴佐久神父は、顧問司祭。
 「世界広報の日」に合わせ、その前日、2017年5月20日(土)に、上映会と授賞式、そして、片渕監督と晴佐久神父の対談が行われた。

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※8:「『まんまカフェ』っていう子育て支援の遠足をしたんですけど」
◎ 「まんまカフェ」 (既出)
 「まんまカフェ」は、カトリック上野教会で2016年11月末にスタートした集い。孤立しがちなお母さんのための子育て支援が目的。
 毎週木曜日の12時から、カトリック上野教会で、お子さんも一緒に集まり、おしゃべりしたり、一緒にご飯を食べたりして、交流を図っている。スタッフには、ベテランママさんもいて、頼もしい。ブログやツイッター、フェイスブックで、お知らせやご報告を行っている。
 子育て中のママさん、一度、いらしてみてください。また、そんなママをご存じでしたら、ご紹介ください。
 別途、食材のご協力も募っています。>(「まんまカフェよりお願い2017/5/22記事
===
 その「まんまカフェ」、5月18日は上野公園でピクニック。
 スタッフが丁寧に、ブログやツイッター、フェイスブックで紹介、宣伝し、大きなのぼりの画像や、その日の様子もブログでご紹介。晴佐久神父と赤ちゃんのアイコンタクトの写真もあり、人気の様子。
(参考)
・ 「まんまカフェ」(blog/ブログ)
   >ピクニックのご報告:「お陰様で天使たちが活躍してくれました!(2017/5/20記事)
・ 「まんまカフェ」(Twitter/ツイッター)
・ 「まんまカフェ」(facebook/フェイスブック)
・ 質問や不安な点など、ご連絡は、「まんまカフェ」まで。
   ✉ メールアドレスは、>mammacafe2016@gmail.com 
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※9:「こども食堂」(既出)
 急増している「こども食堂」。全国で300カ所以上が確認されているという。
 この「こども食堂」、もともとは、貧困家庭の子どもに限定しているわけではなく、子どもが一人ぼっちで食事をすることのないよう、さまざまな人たちとだんらんを共にする場として考えられた。また、それを基に、一人暮らしの高齢者や、疲れた母親、父親、障害のある子どもや大人、外国籍の子どもや大人なども、そこに居場所を見出せるようにと願ってスタートしたものだった。
 しかし近年の急速な広がりの中で、当初の思惑とは別の方向に展開した「こども食堂」も数多くなり、理解が深まらず、混乱や疑問、戸惑い、偏見や誤解などの問題も見られている。
(参考)
・ 「名づけ親が言う 『こども食堂』は『こどもの食堂』ではない」(湯浅誠|社会活動家・法政大学教授 2016/7/24記事
「『こども食堂』の混乱、誤解、戸惑いを整理し、今後の展望を開く」(湯浅誠|社会活動家・法政大学教授 2016/10/16記事
・ 「『子ども食堂』はやるべきではない。~慈善事業でも経営です~」(「時事図解」/個人ブログ)
・ 「振り向けば、光」(「福音の村」2016/12/18説教)>本文「この辺~」と、「参照※5
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※10:「福音カフェ」
◎ 「福音カフェ」
 晴佐久神父が昨年始めた、福音を語り合い、一緒にごはんを食べる学生の集い。
 キリスト教に関心があり、福音的なつながりを求めている学生であれば、信者か、そうでないかは問わない。元気な学生も、元気のない学生も、共に集まり、一緒に、福音家族づくりをしていく。
 現在、月の第1、第3土曜日に18時から、第1土曜日はカトリック上野教会で、第3土曜日はカトリック浅草教会で開かれているので、興味のある学生は、ぜひご参加ください。
 詳細は、>「福音カフェ」のご案内 をご覧ください。
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※11「『あなたがたに助け手である、聖なる霊を送る』っていう」
===(聖書参考箇所)===
「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。 」 (ヨハネ14:16)
 この日に会衆に配られた『聖書と典礼』には、福音朗読箇所の欄外に、上記の「別の弁護者」について、以下のような注釈がある。
===(『聖書と典礼』欄外)===
14:16 「別の弁護者」
 
イエス自身が弁護者(一ヨハネ2:1参照)なので、「別の弁護者」と言われている。「弁護者」は原語では「パラクレートス(そばに呼ばれた者)」。聖霊はいつも近くにいて助けてくださる方である。 (『聖書と典礼』〈復活節第6主日A年 2017.5.21〉オリエンス宗教研究所/赤字引用者)
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2017年5月21日(日) 録音/2017年6月14日掲載
Copyright(C)晴佐久昌英