天上での宴の始まり

2015年4月19日復活節第3主日
・第1朗読:使徒たちの宣教(使徒言行録3・13-15、17-19)
・第2朗読:使徒ヨハネの手紙(一ヨハネ2・1-5a)
・福音朗読:ルカによる福音(ルカ24・35-48)

【晴佐久神父様 説教】

 私の脇腹のことなど、別に心配してる人もいないでしょうけども・・・(笑) まだ痛い。20日の夜まで痛いって言われたんですけど、これが、明日なんですよね。明日までに、これ、治るとは思えないんですけどね~。どうなったか、来週またご報告いたしますが。(※1)
 体ってね、怪我もするし、年取れば弱ったりもしますけれど、イエスさまのこの復活記事(※2)なんかを読んでると、この地上の体の先に、「天上の体」ってのがあるわけですね。イエスさまは、その天上の体として現れて、「私の体を見なさい」と。そして目の前で食事したりしてね。これは、「地上の体の先に天上の体があり、あなたたちもいつの日か復活して、この天上の体を持つんだよ」という励まし、教育でしょう。「あなたたち、やがて天上に復活するんだ」と。
 「天上の体」っていうのは、もちろん、怪我とか老化とかない。痛みとか苦しみとか恐れとか、そういうとらわれがない。ホントに感謝と賛美に満ちて、神と一つに交わり、皆が一つに交わっている、そういう体。これをイメージするならば、まあ、そこに誕生する前の段階での、現在のさまざまな苦しみも取るに足らんと、そういうふうに思いたいです。

 昨日、あきる野市の五日市霊園で納骨式があって、私、ようやく、多摩教会の共同墓地の拡張工事が完成した様子を見学してまいりました。(※3)
 ご存じですね、墓地の区画を広げたんですよ。今まで6区画だったところを、手前二つを2区画買って広げました。8区画になった。6畳間が8畳間になったようなもんです。(笑) 結構違いますよね、6畳間から8畳間って。
 で、手前の増やした2畳は、6畳のところからそのまんま平らなスペースとして広げたわけで、要するに手前を広げただけなんだけど、すごくゆったりした感じで、以前とはぜんぜんイメージ変わりました。
 納骨式のとき、6畳間だと、正面にお墓があって、その手前にテーブル置いて骨壺乗せて、さらにその手前に立ちますでしょ。そうすると、もう後ろにスペースないから、みんなお墓の脇に立つことになるんですよね。でもそうすると、司祭も遺族も並んで同じ方向を向いてるっていうことになり、バチカン公会議前のミサみたいになるんですよ。
 公会議前のことなんかご存じない方多いでしょうけど、以前は背面ミサっていうの、やってたんですね。司祭も向こうを向いてたんです(※4)。祭壇が一番向こうにあって。司祭も会衆も、同じ方を向いて十字架を仰いでいた。みんなで一緒に神に向かうという形で、それはそれで意義深いものもあるんですけど、でも、バチカン公会議以降、「私たちの共同体は、天上の(うたげ)の先取りである」と。「この信仰の家族は、共に聖なる食卓を囲み、共にキリストを囲んで一つである」と、そういう事実のシンボルとして、ミサを「囲むミサ」にして、祭壇を前に出すようになった。
 墓前の納骨式はミサじゃないんで、今までの6畳間でも不都合とまでは言いませんが、でも私なんかは、どうしても福音を語りたいわけですよ。信者ではないご遺族も多いですし、「天に召されたこの人は、死んだんじゃない。生まれたんだ。ただの別れじゃない。永遠の天の宴で一つになるんだ」って話したい。
 だけど、お墓に向かって立っていて、参列者が両側にいると、話すったって、右向いて話したり、左向いて話したりするしかない。だから、すごく話しづらい。結局正面のお骨に向かって話すことになるんだけど、「皆さんも、やがては天上の宴に到達するのです!」とかお骨に語っても、「この人、もう到達しちゃってるよね・・・」って、(笑)なんか変な感じ。
 それがですね、今回、8畳間になったら、スペース広くってね、一番後ろには石のベンチも作ったんですよ。高齢の方とか、お疲れになった方は、そこに座って式に(あずか)れるでしょ。で、その前は広いから、今度からはテーブルを広場の真ん中に置いて、その向こう側に私が立って、お骨を囲んでお祈りできるようになった。・・・ちょっとミサに近い。っていうか、もう、ミサにしちゃってもいいくらい。できますよ、あそこで。お花見ミサとか。(笑)
 ベンチがあると、そういう感じになるんですよね。ついでに石の祭壇も据え付けちゃおうかな~とか一瞬思ったくらいですけど。・・・楽しみですねえ、次の納骨式が。(笑) ・・・楽しみでいいんじゃないの? 「天上の宴の始まり」なんだし、みんなでそれを分かち合うんだから。
 次の納骨式は、この前お亡くなりになった方ですけど、共同墓地であります。拡張第一号です。どうぞ皆さん、8畳間、見学にいらしてください。なんならあそこで、新墓地お披露目納骨ミサかなんか、(笑) やっちゃいましょうか。本人はもう、天上の宴に与ってるんだし、納骨式なんて、その宴の「入り口」みたいなもんでしょう? いまだ地上の体を抱えている私たちと、天上の体に復活した方とがお墓でミサなんて、ステキじゃないですか。もっとも、それ言うんだったら、普段やってるこのミサだって、すでに墓前ミサみたいなもんですけどね。どうせみんなお墓入るんだから。(・・・笑)

 イエスさまの復活記事を読んでると、おもしろいですね、どれも、(めし)がらみなんですよ。食事つきなんですね。・・・そんな気がしませんか?
 ええと、今日のこの二人の弟子が、「道で起こったことや、パンを割いてくださったときにイエスだと分かった次第」(ルカ24:35)って、これはこの直前に報告されている、エマオへ向かう弟子のところ(cf.ルカ24:13~35)ですね。
 この二人、先生殺されて、がっかりして都落ち・・・って感じに見えますけど、実態はそんなレベルじゃなかったはずです。完全な闇なんです。二人とも、もう真っ暗闇なんです。「もはや生きていてもしょうがない。イエスは死んだ。私も死のう」、・・・そんな気持ちだったんじゃないですか。
 ところが、道を行くと、イエスが現れる。もう、まったく想像もつかない、(ゼロ)パーセントのことが起こる。イエスが現れて、一緒に歩いて聖書を解き明かし、一緒に宿をとって、一緒に食事をしてくださった。そうしてパンを割いて分けてくれた、その瞬間、闇の底で何かが起こった。
 イエスがご自分の体である、神の愛そのものである聖なるパンを手ずから渡してくれたその(・ ・)瞬間、「イエスだ!!」って気づいたんだけど、地上の体のイエスは見えなくなったと。・・・復活のイエスが、ミサそのものになっちゃった瞬間ですね、これ。
 だからもう、その、ミサになっちゃった復活のイエスと一つになって、この二人の弟子はエルサレムに取って返すんですよ。もう光に満たされちゃってね。ぜんぜん変わっちゃうわけ。
 後で皆さんに、「キリストの御体(おんからだ)」と言って私がパンを差し出し、各々が「アーメン」って答えますけど、これ、復活の主がミサそのものになっちゃった瞬間を、今日も体験するっていうことですね。なんて(おごそ)かで、なんてありがたく、かけがえのないことか。ホントに心して、その復活の主に触れるべきでしょう。私たちはもう、天の宴での食事の先取りを、こうして毎週毎週繰り返せるっていうことに、心から感謝すべきです。
 あるいは、ヨハネ福音書の復活の記事(ヨハネ21章)なんかだと、魚が全然捕れないときにイエスが岸に現れて、「船の右側に網を下ろせ」っていうのがありますでしょ(※5)。そうすると大漁になる。誰かが、「主だ!」って気づく。ペトロは上着を羽織って湖に飛び込む。で、岸に上がってみると、なんと、炭火がおこしてあって、魚を焼いてたっていうんですよ、イエスが。「さあ、来て、朝のご飯を食べなさい」って言った。・・・復活の主が私たちを食事に招く。
 もうあえて、「あなたはだれですか」と、尋ねる者はいなかったとありますけど(cf.ヨハネ21:12)、そりゃそうなんです。「この食事が、主、そのものだ」って、みんなが気づいた瞬間なんですよ。
 そして、今日の箇所では、主が皆と共にいる時にリアルに食事をしてますけど、そうして、天上の宴の先取りをしてるんです。先取りとしての教会を始めてるんです。
 「復活」っていうのを、何かこう、単なる肉体の話、個人の出来事、心の中での深い一致、そんなものだと思ってると、たぶん、よく分かんないことになると思う。
 ・・・「復活」っていうのは、まずは教会なんです。教会の中心の「ミサ」なんです。「集い」なんです。「食事」なんです。
 しかも、個食(こしょく)じゃない。みんなで食卓を囲むこの聖なる食事こそが、「復活の主」のおられる場であり、そんな恵みの現場に、こうして呼び集められてるっていうことを知ってほしい。これはやっぱり、特に、新受洗者にはね。
 今日、受洗後3度目の日曜日ですね。復活節第3主日。生涯、この食卓に帰り続けてほしい。
 もちろん、病気のときとか、与れないときもありますよ。現にひとり、よくミサに出ている青年会のメンバーがすぐそこの病院の精神科に入院してますから、私、今日の午後には、ご聖体を持って行きますよ。でも、たとえそんなときでも、
 「洗礼を受けて、ミサに与った者は、常に霊的な主の食卓を囲んでいるんだ」
 そんな安心感、誇りだけはね、絶対忘れないようにしてほしい。新受洗者には、そうあってほしい。このミサで、復活の主と一つになり続けていれば、もうあとは何も恐れることはない。そうして、教会は、そのシンボルとして、実際にリアルな食事をし続ける家庭であってほしい。青年会はいつもバーベキューしてますけど、霊的家族のシンボルとしての食事を、共に食べ続けてほしい。・・・今日も軽食サービス(※6)がありますけど、多摩教会はみんなで食事をし続けます。「一緒に食べる」っていうのを大切にしながら、その食事の最高峰であるミサで、神さまの愛を食べ続けます。 
 教会は、天上の宴を、もう始めてるんです。

 佐藤初女(はつめ)さんの講演会(※7)を、おとといですかね、やりました。今度出た初女さんの新刊、『限りなく透明に凛として生きる』っていう本の出版記念講演会でしたけど、初女さんはもちろん、本の中で初女さんと対談した池川先生(※8)と、芳村先生(※9)と、私の3人も講演するっていう、そういう講演会でした。目黒区のパーシモンホール、1200席満席で入れない人も出たって聞きましたよ。・・・初女さんの人気、すごいですね。もう、93歳なんですけど、若い人も結構多かったです。
 「おむすびおばあちゃん」ですね。ホントにおいしいおむすびを作る(※10)。私なんか、初女さんに直接会うより先に、私の所に、そのおむすびが送られてきたのがご縁ですし、おいしい食事でみんなの心を癒す「森のイスキア」に倣って、いわば「海のイスキア」とも言うべき合宿所を加計呂麻島(かけろまじま)に作ったりしてるわけで(※11)、まあ、ご恩がある。今回の講演会は恩返しみたいなもんですから、喜んでお手伝いしました。ただ、初女さん、体調が万全ではなく、ホントは4、50分話すはずだったのが、話せなかったんですね。車いすで出て来られて、20分も話せなかったと思います。
 初女さんの状況がそうだってことで、講演会の直前は、楽屋裏がバタバタしているんですね。「どうしよう、時間が余っちゃう。3人の講演を少しずつ長めにして、最後に4人でおしゃべりするっていうかたちにしましょうか」とか相談して、台本が変更になったりとか、慌てていて、いろいろバタバタだったんですよ。
 ですから、みんなどことなく緊張してて、まあ、私なんかもほかの講演者と初めてお会いするわけですし、台本は流動的になってるし、1200人満席だっていうし、この場で、今何を話したらいいのかっていうことが見えなくって、・・・固くなってたんですよね~。私、結構、緊張しいなんですよ、こう見えて。固くなっちゃって、それは他の講演者も一緒なんです。池川先生は「いやあ、今日、ホントに何をお話していいものか。・・・どうしたもんですかねえ」とか言ってるし、芳村先生は寡黙な方で、じっとこう、黙っておられるし、楽屋裏は、雰囲気が固かったんですよ。
 ・・・とそこにね、「どうぞ」って、初女さんの楽屋から、おむすびが届いたんです。
 木の箱に入ってて、開けると、布で包んであって、ご存じですか、初女さんのおむすび(※12)って、あの丸い形のね、俵や三角じゃなく、丸い・・・っていっても球じゃなくって、ちょっと平らなやつですよ・・・当たり前か、(笑) ともかく皆さんよくご存じの、あのおむすびのかたち。そこにのりが、きっちり、真っ黒に、こう、つやつやと包んであって。
 そのおむすびを、「ああ、これはありがたい!」って言ってみんなでいただきました。夜の講演会だったんで、みんなまだ何も食べてない時間帯でしたから、さっそく食べたんですけど、まあそのおいしかったこと、ホントに言うだけのことのある「おむすび」なんです。私は何度も食べたことありますけど、ご飯がつやつやに炊けていてね、それがギューッと握っていなくって、かといってバラバラでもなくって、一粒一粒の舌触りと、甘みがしっかり感じられて、口の中にご飯の香りがパ~ッと広がって。真ん中にある、初音さんが自分で漬けた梅干しの梅の酸味が、ご飯ぜんぶ、のりの所まで広がってるんです。よだれ出るでしょ。(笑)
 私、あれを最初に食べた時に、「このおむすびは、ただのご飯粒の集合体じゃない。これは、人の集まりだ。おむすびは縁むすびだ。初音さんは、みんなを結んでるんですよ」っていう話をして、初音さんは、それを気に入ってくれてね、それで、『おむすびの祈り』(※13)っていう本もできたいきさつ(・ ・ ・ ・)があるんですけれど。
 まあともかく、楽屋でこれを食べたら、みんなほっこりしちゃってね、みんなの緊張が一気に、ほろほろ、ほろほろって消えちゃったんですよ。あれはもはや、神秘体験ですね。だって、ぜんぜん違うんです。それまでの固い部屋の雰囲気と。おむすび一つで、もうそこは家庭であり、家族の食卓であり、無条件の一致があり、それこそ、天に連なって、今ここで生かされている喜び、今ここで出会えている私たちの信頼関係、そういうのがパッと広がってね。それはもう、初女さんをよく知っている3人ですから、感じ取るわけですよ。「さすがだね~」って。
 ・・・おむすび一つでね、こんなふうに世界を変えることができるんだって。
 私なんか、すぐに乗る方ですから、すっかりうれしくなっちゃって、よし、じゃあ、満席の1200人、みんな結んでやろうじゃないか! って気持ちになって、そんな話を夢中になって話しちゃいましたよ。・・・あの講演会に来られた方、ここにいます? ああ、何人もいますね。そうだったでしょ? 私の話、「1200人結びたい」っていう感じが出てましたでしょ? うれしいひと時でした。
 もっとも、来た人がいるんだったら、私、恥ずかしい思いをしたのも知ってますよね?
 初女さんの「森のイスキア」に行った時に、あそこは近くにミズバショウの群生地があって、ちょうどミズバショウがきれいに咲いていて、ホントに美しくって・・・って、そんな話したら、ちょうど演台の周りに、ミズバショウがちゃんと飾ってあるんですよ。生けてあって。
 だから、「ああ、これですよ、ミズバショウ、きれいでしょう?」って言ったら、みんな、笑うんですよ。なんで笑ってんだろう・・・。ここ、笑うとこかなって、よく考えてみたら、ミズバショウなんてすぐしおれちゃって、普通に演台の周りに飾るような花じゃないですよね。後で教わったんですけど、実は飾ってあったのは、ミズバショウにちょっと似た、茎が長くて、白くてクルッと巻いている、カラーとかいう花でした。(笑)みんな笑ってるんで、「え? これ、ミズバショウじゃないんですか?」って言ったら、みんなますます笑って。(笑) (※14)
 でも、そんな感じで、リラックスできて、ほっこりして、のどかでいい集まりになったのは、あのおむすびのおかげです。ああいうのが、教会的って言うんじゃないですか。真ん中におむすびがあって、それでみんなが安心できて。ミサのご聖体なんか、イエスさまが結んでくれたおむすびみたいなもんでしょう。
 初女さんはもちろん、カトリック信者ですけれど、本の最後のあとがきのところに、「これが私の今の心境です」って、詩編の一節が載ってました。(cf.詩編139:17-18-現代語訳-/典礼聖歌52番)
『神のはからいは
  限りなく
生涯 わたしは
 その中に生きる』
 「神のはからいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる」なんて最高の安心感ですけど、そういう安心感(あふ)れる集いを、まごころの食事でもてなすことでつくり出すっていうことこそは、本物の教会でしょう。
 私も、講演会で、そんなお話をしました。
 「世の中には色の付いた宗教がたくさんあって、この色に染まれとか、あの色はダメだとか言うけれど、本物の宗教は透明だ。透明だからどんな色にでも重ねられる。だれとでも向かい合えるし、だれでもが集まれる。初女さんの透明さは、本物の宗教の透明さであり、今日のこのような集いこそ、本物の宗教なんじゃないか。こういう透明な集いだからこそ、その向こうの天が見える。その天を感じてほしい。今、いろいろと苦しんでいる人もいるだろうけれど、今日ここで、透明な天の愛に目覚めて、安らいでほしい」
 ・・・みたいな、そんなお話をしましたけれども、1200人の皆さんが、それを感じてくれたなら、普遍的なキリスト教の本質を知ってくれたなら、なによりです。
 今日の第1朗読(※15)、第2朗読(※16)にですね、「問題は無知なんだ」っていうことが書いてありましたでしょ。
 第1朗読は、「あなたがたがイエスを殺しちゃったのは無知だったからだ」(cf.使徒3:17)と、あるいは、第2朗読だと、「神を知っているその人の中に、神の愛が実現している」(cf.一ヨハネ2:3-5a)と。
 神の愛そのものを拒否して殺しちゃったのは、「無知だったから」「神の愛を知らないから」だと。また、神に愛されていることを知って、それゆえにその人の中に神の愛が実現して、お互いに愛し合えるっていう、その愛の素晴らしさを知らないからだと。
 ・・・「知ってる人」は、もうそこに、救いがある、喜びがあるっていう話です。だから、知っている者としては、目の前に1200人いれば、そこにいる人たちに、知らせたいんですよ、神の愛の世界、神の愛の完成形である天上の宴の世界を。みんなこれを知らないから、苦しんでる。

 昨日の土曜日のミサのとき、涙こぼしているご夫婦がいてね。見たことのないご夫婦でしたけれども、ミサの後でお話したら、数週間前に、23歳の息子さんを亡くしたんですって。信者ではないご夫婦です。愛する息子さんを亡くして、もう、どうしていいか分からない。それも、ちょっと悲しい死に方だったんですね。・・・もう、どうしていいか分からない。それで、救いを求めて、今、右往左往のように、二人で回ってるとこなんですって。いろいろ紹介されたりしながら、いろんな所に行ったりしているようです。
 そう聞いたので、私、申し上げました。
 「息子さん、死んでません。生きてます。今、私たちよりも格上の命を生きてます。天の国で、永遠のいのちを生きてますよ」と、そう言ったら、「よかった~!!」って、二人で、ぽろぽろぽろぽろ涙をこぼされました。二人で手を握り合って、「よかった!」って。
 お二人に、福音をいっぱい語りました。私の亡き母の「はれママカード」も差し上げたんですけど、そこに息子さんの名前を書き入れました。「天国で、この息子さんをよろしく」って母に頼むわけですよね。
 「天上では、すでに天に生まれていった人がみんな一つに結ばれているんですよ。私の母もいますし、母は働き者で、祈るとなんでもやってくれるんです。息子さんのこと、ちゃんと迎え入れてくれます、だいじょうぶです。本当に素晴らしい集いなんだから、安心してください。私たちも、やがてそこに行って再会するんです。
 問題は、みんながそれを知らないことにある。あなたたちが今、絶望して苦しんでいるのは、すべてを復活させることのできる神の愛を知らないから。お二人には、ぜひそれを知ってほしい」
 そう申し上げて、大切な人を失った人のために私が書いた文章が載っている本を、お貸ししました。「来週、返しに来てくださいね」と。・・・これ、作戦なんですね。(笑)
 だって、ミサは天上の宴の始まりなんだから。どうしても来てほしかったんです。
 「来週、ミサで、息子さんに会えますよ」
 ・・・そう申し上げました。


【 参照 】(ニュース記事へのリンクは、リンク切れになることがありますので、ご了承ください)

※1:晴佐久神父の脇腹
 晴佐久神父は、3月の末、階段を踏み外して脇腹を打撲。痛みがひどくて病院へ。整形外科のカリスマ医師に、「(ぶつけたのが31日なら)、4月の二十日の夜まで痛いです。21日の朝から、ピタリと治る」と診断された。
 ことの顛末は、「復活の二十六つ子」(「福音の村」2015/4/12説教)をお読みください。説教中盤(5段落目)です。
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※2:「イエスさまのこの復活記事」
本日、2015年4月19日〈復活節第3主日〉の福音朗読箇所は、以下のとおり。
 ルカによる福音書 24章35~48節
  〈小見出し:「エマオで現れる」「弟子たちに現れる」からの抜粋〉
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※3:多摩教会の共同墓地、拡張工事が完成@五日市霊園
拡張工事が完成した墓地の様子。晴佐久神父が座っているのが、説教中の「一番後ろの石のベンチ」。
墓石からそこまでのスペースが「6畳から8畳に」拡張された。
(画像はそれぞれクリックすると大きく表示されます)
多摩教会墓前と祈る晴佐久神父 広がった墓前のスペース 多摩教会の墓石
(Special Thanks/この画像は、当日、晴佐久神父と墓参した方の提供です)
(参考)既出
◎カトリック五日市霊園
(管理)カトリック五日市霊園管理事務所 : 東京都あきる野市伊奈1
    ・・・(宗教法人カトリック東京大司教区の墓地と納骨堂
(墓前教会)カトリックあきる野教会 :  カトリック東京大司教区HP ・ フェイスブック
(説教参考)
・「今年もさくらは、同じように咲く」(「福音の村」2014年4月6日四旬節第5主日)
・「天上のミサに憧れて」(「福音の村」2012/11/4説教) など
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※4:「背面ミサっていうの、やってたんですね。昔、司祭も向こうを向いてた」
 カトリック教会の典礼は、第2バチカン公会議〔1962(昭和37年)~1965年(昭和40年)後、それまでの「トリエント・ミサ」と呼ばれるミサ形式から、さまざまに改革が行われた。
 それまで、ミサは、司式司祭は1人で、信徒に背を向け、祭壇に向かう形(
背面式〔東の方を向いていたので、「東面式」ともいわれた〕で執り行われてきた。この改革で、ミサ本来の意味が再検討され、数人の司祭によるミサの挙行(共同司式)も認められ、式自体も司祭が信徒に向かう形(対面式)で行われるようになった。(司祭の祭服にデザインがあるものが多いのは、背面式だったがゆえとされている)
 また、典礼言語として用いられていたラテン語のほか、それぞれの国や地域の言語を使うことができるようになった。(日本のカトリック教会でも、昭和40年代前半までは、ラテン語が用いられていた) 背面式ミサ(帰属:fssp.org)(画像はクリックすると大きく表示されます)
〔背面式ミサ:画像には写っていないが、さらに手前の信徒たちと、同じ方向を向いている〕
(参考)
・ 「ミサ」(ウィキペディア)
・ 「トリエント・ミサ」(ウィキペディア) ほか
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※5:「魚が全然捕れないときにイエスが岸に現れて、「船の右側に網を下ろせ」っていうのがありますでしょ」
(参考)
・ 「ヨハネによる福音書」21章1~14節〈小見出し:「イエス、七人の弟子に現れる」〉(小見出しは、新共同訳聖書による)
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※6:「軽食サービス」既出:「地区会」参照
 多摩教会では、所属信徒を住所で八つに区割りして、「地区会」を構成している。
 それぞれの地区会では、日曜日、ミサ後の
軽食サービス(300円で昼食代わりの軽食を料理、提供。担当地区は毎週変わり、それぞれのメニューを準備している)、催事、大掃除などで、分担、協力をしている。
 「ミサ後の軽食サービス」については、昨年(2014年12月21日)の説教にもあったとおり(>>>こちら 説教終盤です)、多摩教会初訪問の方には、「軽食無料サービス券」を差し上げますので、ぜひお試しを! ・・・< 文中へ戻る

※7:「佐藤初女さんの講演会」
(参考)
 先の3月20日にダイヤモンド社から発売された、佐藤初女さん著、『限りなく透明に凛として生きる』(出版社: ダイヤモンド社/販売:Amazonほか)の出版記念講演会で、4月17日、都内、目黒区のホールで開催された。
 同書籍中、それぞれ対談を掲載している3人(多くの経営者ファンがいる哲学者の芳村思風氏、ベストセラー作家で現役産婦人科医の池川明氏、そして、カトリック多摩教会主任司祭の晴佐久昌英神父)も講演を行った。
 定員1200名のホールは、すぐに予約でいっぱいになるほどの盛況ぶりだった。出版記念講演会
(画像はクリックすると、この講演会を後援した株式会社アイウィルビーのページで拡大表示されます)

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「福音の村」掲載の説教でも、以前紹介したので、ご参照ください。
 >>> 「復活という霊的ビッグバン」(「福音の村」2015/3/22説教)
 ・・・佐藤初女さん(1921‐/福祉活動家・教育者)については、参照※6を、『限りなく透明に凛として生きる』(ダイヤモンド社/2015/3/20発売)と、講演会については、参照※8をご覧ください。
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※8:「池川先生」
◎〔池川 明〕(いけがわ・あきら)氏:プロフィール
 1954年、東京都生まれ。帝京大学医学部卒・同大学院修了。医学博士。
 上尾中央総合病院産婦人科部長を経て、1989年、横浜市に産婦人科の池川クリニックを開設。年間約100件の出産を扱い現在に至る。2001年9月、全国の保険医で構成する保団連医療研究集会で『胎内記憶』について発表し、それが新聞で紹介され話題となる。現在、お産を通して、豊かな人生を送ることができるようになることを目指している。(「池川クリニック」サイトより)
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※9:「芳村先生」
◎〔芳村思風〕(よしむら・しふう)氏:プロフィール
 1942年、奈良県生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。学習院大学大学院博士課程を中退し、「思風庵哲学研究所」を設立。感性が生命の本質であり、人間の本質であり、宇宙の究極的実在であるとする<感性を原理とした哲学>を世界で初めて体系化し、感性ブームを巻き起こした。
 現在、各地で、感性論哲学を学ぶ「思風塾」が結成されている。
 塾生は、経営者をはじめ、サラリーマンやOLだけでなく、主婦や学生とさまざまな年齢・職種の人が学んでいる。
 日本哲学会会員、中部哲学会会員、思風庵哲学研究所所長。(「芳村思風・感性論哲学の世界」サイト、および『限りなく透明に凛として生きる』掲載プロフィールより)
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※10:「『おむすびおばあちゃん』ですね。ホントにおいしいおむすびを作る」
 「初女さんの作ったおにぎりを食べたことで自殺を思いとどまった人がいる」というほどの、有名な、おいしいおにぎり。
 のりで真っ黒に包まれ、中身は梅干しという丸いおむすびは、一見まるで普通と変わらない。握り方も、形にしようとして指先を使おうするのではなく、『たなごころ』(手のひら)に置いて、手のはらでむすぶという方法も、特別な方法とはいえないかもしれない。
 では、どうして彼女のおにぎりは、人に生きる意欲を、勇気を、生への感謝を感じさせるのか。
 多くの人が語っているのは、以下のようなことだ。
 ・・・ 「おむすびを作るときは、お米の一粒一粒が息ができるようにと思って握ります」というところに秘密があるのかもしれない。一粒一粒への思いは、一人ひとりへ丁寧に、大切に、心を寄せる思いと共通するものがあるのかもしれない。・・・
(参考)
・ 『いのちの森の台所』(集英社)
・ 「佐藤初女さん、こころのメッセージ」(2003、経済界 小田原泰久著)
・ 「佐藤初女さん その2 おむすびのつくり方」(個人ブログ)
・ 「森のイスキア 佐藤初女さんの『おむすび』(あおうまクッキング)」(青森のうまいものたち)
・ 「あおうまクッキング 2008年8月号:森のイスキア 佐藤初女さんの『おむすび』」(YouTube)
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※11:「『海のイスキア』とも言うべき合宿所を加計呂麻島に作ったりしてるわけで」
 2014年夏に完成した、奄美大島の南にある加計呂麻島の合宿所。
 晴佐久神父が十数年来続けている無人島キャンプのベースキャンプ隣接地に建てた。
 精神的な病気、障がいなど、心にさまざまな問題を抱えて苦しんでいる青年たちに、良い環境ですごし、良い仲間と出会い、良い知らせ「福音」に触れてもらうため、その場所を利用してキャンプなどを行う。
(参考)
・ 「ここヤシキャンプ」(『多摩カトリックニューズ』2014年8月号:主任司祭巻頭言)
・ 「皆さんが居場所になるんです」(「福音の村」2014/9/28説教)
  >>>最後の段落(この辺からです)
・ 「奇跡が起こりました!」(「福音の村」2014年8月17日説教)
  >>>説教後半(最後から2、3段落目 この辺のちょっと上からです)
・ 「トンネルの向こうには」(「福音の村」2014年8月31日説教)
  >>>説教全体(無人島の写真や地図も掲載しています)
・ 「失ったのではない、お返ししたのだ」(「福音の村」2014/10/19説教)
  >>>説教中盤から(上から5段落目から)
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※12:「初女さんのおにぎり」
 初音さんのおにぎり
(※10の「森のイスキア 佐藤初女さんの『おむすび』(あおうまクッキング)」Youtubeより)
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※13:『おむすびの祈り』
 『おむすびの祈り』
書名 : 『おむすびの祈り 「森のイスキア」 こころの歳時記』
著者: 佐藤初女
定価: 本体723円(税込)
出版社: 集英社
サイズ: 文庫 (253ページ)
発売日: 2005/7/20
内容紹介: 食はいのち。佐藤初女さん、感動のエッセイ。
青森、岩木山麓にある“森のイスキア”主宰の佐藤初女さん。彼女の握る“おむすび”で、これまで多くの悩める人々が救われたという。少女時代の闘病生活から現在までを率直に綴る自伝的エッセイ。
(参考)
・ 『おむすびの祈り』(Amazon)
・ 『おむすびの祈り』(楽天ブックス)
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※14:「ミズバショウ」と「カラー」
下の画像で、左二つが「ミズバショウ」、右二つが「カラー」
 ミズバショウ① ミズバショウ② カラー① カラー②
(それぞれ、画像はクリックすると拡大表示されます)

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※15:「第1朗読」
本日、2015年4月19日〈復活節第3主日〉の第1朗読箇所は、以下のとおり。
 使徒言行録 3章23~15節、17~19節
  〈小見出し:「ペトロ、神殿で説教する」(3章11~26節)からの抜粋〉
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※16:「第2朗読」
本日、2015年4月19日〈復活節第3主日〉の第2朗読箇所は、以下のとおり。
ヨハネの手紙一 2章1~5a節
 〈小見出し:「弁護者キリスト」(2章1~6節)からの抜粋〉
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2015年4月19日 (日) 録音/2015年4月26日掲載
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