人を安心させること

【カトリック浅草教会】

2017年7月16日 年間第15主日
・ 第1朗読:イザヤの預言(イザヤ55・10-11)
・ 第2朗読:使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・18-23)
・ 福音朗読:マタイによる福音(マタイ13・1-23、または13・1-9)

【晴佐久神父様 説教】

 今朝のうれしかったお話からしましょう。
 1時間ほど前に、浅草教会の庭で、初ミンミンを聞きました。私、毎年、その年に初めてミンミンゼミの声を聞いた日というのを手帳に残すんですけど、今年は今日が、私の初ミンミンです。おそらくここの庭で生まれたんでしょうね。・・・生まれたてで鳴いてました。なぜ「生まれたて」って分かるかっていうと、・・・ヘタクソなんですよ、(笑) ホントに。ミ~ンミンミン・・・ミ・・ンミン・・・ミ・・・ゴホッ・・・ンミ~ン・・・みたいな感じ。(笑) そうして、飛び立って行ったんでしょうね。それっきり聞こえません。

 ぼくの子どものころ、夏休みっていうのは、完全フリーでした。今考えてみると、いくら夏休みでも完全フリーなはずはないんだけれども、その時の自分の気持ちの中では、「完全フリーだ!」と、そう信じていたし、そう生きておりました。
 生まれ育ちは、文京区です。お隣の区ですね。本駒込っていう所です。道を挟んですぐ向こうが六義園(りくぎえん)(※1)という大きな日本庭園で、そこの一部、「一部」っていっても何千坪っていうくらい広いんですけど、公園になってるんですよ。グラウンドがあって、遊具のある公園があって。で、そこはもちろん無料で、子どもたちのたまり場でした。わが家を出てすぐのところが、もう、その公園の入り口。
 だから、夏休みになると、朝、飛び出していったっきり、一日中、その公園にいたんですよ。で、庭園でしょ、六義園。ホンットにセミがよく鳴くんです。まず、ミンミンゼミですよね。それからアブラゼミが増えてきて、夏の終わりになるとヒグラシとか、ツクツクボウシとかが鳴くんだけど、まず最初が、ミンミンゼミなんですよ。だから、あの声を聞くと、50年前のあの夏休みの、・・・なんていうんでしょう、もうホントに、この世の天国を思い出すんです。
 なにしろ、学校に行かなくていい。(笑) ともかく、一日中、その公園で好きに遊んで、夕方家に帰る。もう、泥まみれですよ。夕立なんかがあると、排水が悪くて水がたまるんですよね、公園に。それが好きで、服をぜんぶ脱いで、そこで泳ぐんです。(笑) もう、あの夏休みの日々は、まさしく、これを天国と呼ぶのかっていう。まあ、その時は、それが当たり前だと思ってますから、無心に走り回り、遊び回り、泳ぎ回ってましたけど、今にして思えば、要するに「憂いがない」っていう状態だったわけです。何の心配もしなかった。安心して、好きなだけ遊んで、そして帰るべき家があって、帰ったら「おかえりなさい」ってご飯が待ってて、「あら、泥だらけじゃないの」ってね、体を洗われたり。・・・懐かしいですねえ。
 それこそ、犬みたいなもんですよ。わが家で犬を1匹飼ってたんですけど、あの時代、首輪もないんです。(ひも)も首輪もない。だからその犬も、朝になると、私と一緒に飛び出してったっきり。で、時々、公園ですれ違ったりするんですよね。お互い、「よっ! こんなとこで何してんだ、お前」みたいな感じ。(笑) で、夕方になると腹減って家に戻る、みたいな感じ。・・・もう、犬と一緒。泥まみれで転げまわってね。・・・懐かしい。
 今朝の初ミンミンを聞いて、なんていうんでしょう、血湧き肉躍りました。「夏が来たぞ!」っていうね。いやもう、あの声を聞くと、「夏が来たぞ」どころじゃないね、「天国が始まったぞ!」なんですよ。・・・初ミンミン。うれしいねえ。今朝のミンミンは、どこに飛んでったんだか知りませんけど、私も飛んでいきたくなります。

 イエスさまが、種蒔きのたとえをお話ししてくださいました(※2)。「天国は必ず実現する」っていう、そういう内容ですね。
 種をこう、どんどん蒔くでしょ。そうすると、一見無駄になるような種もあるように見える。なんだか、なかなか伸びないような種もあるように見える。でも、全体として、「もう実りの天国は始まっている」と、「もうすぐすべてが完成する」と。で、その圧倒的な神さまの力の前で、私たちは、ただただ信頼して、その実りを受けようという。ホントにこのたとえは、人を安心させるたとえです。
 まあ、聖書ではこの後に、伸びない種はどういう人のことだ、みたいな説明をしたりもしてるんですけど(※3)、それは、後々、福音書を書いた人がね、当時の苦しい教会の状況の中で、「みんな頑張れよ」っていう思いで付け加えた解説であって、本来のイエスさまの言葉ではないと言われています(※4)
 本来のイエスさまが言いたかったことは、もう、はっきりしています。ともかく、イエスさまは、神さまは、恵みの種を蒔き続けているし、もう惜しみなく、いつでも、どこでも、誰にでも、どんな場合にでも、無駄になりそうであろうが、なかろうが、ともかく蒔き続けているし、それが、必ず最後は実る。そういう安心感の中でね、私たちもまた、不安なことや、うまくいかないことがありますけれど、すべては神さまのみ心のうちにあって、最後は、ホントに楽園が完成すると希望を持って信じ続けます。
 「初ミンミン」なんていうのは、まさに、その希望のしるしみたいなもんですよね、「夏はもう来てるぞ!」っていう。だから、それこそ、私なんかには、初ミンミンは、「神の国が来たぞ~!」っていう福音宣言のように聞こえるんですよ。「始まったぞ~!」と。で、ワクワクしながら、この夏を思いっきり、神さまへの感謝と賛美で過ごしたいなと、そういう気持ちになります。

 この圧倒的な神さまの恵みについて、イエスさまは、あふれんばかりの愛をもって語っていますし、それを群衆がみんな、こう、聴いているわけですけど、さっき、この箇所を聴きながら、どうでもいいんですけど、ふと、「あれ、逆だな」って思いました。イエスさまが舟に座って、群衆は立って聴いていた (cf.マタイ13:2) 。・・・とありますが、今、逆ですよね。皆さんが座って、私が立ってしゃべってる・・・。それはともかく、この、群衆がひしめきあって、夢中になって、イエスさまの話を聴いている様子っていうのを、私、よく思い浮かべるんですよ。みんな、目を輝かせて、「ホントにそうだね」「ホントにそうだね」って聞いてる様子。
 人々がそれまで、神殿や会堂で聞いてきた教えは、「お前たちは、罪びとだ」「お前たちは、もっと正しく生きなければ救われない」「お前たちは、神さまから呪われた病人たちだ」、そんな話ばかりでした。それが、イエスさまは、「神さまは、すべての人に、惜しみなく、愛と恵みを与え続けている」「あなたたちは、いまや、みんな神の国の住民だ」「喜べ、もうここに、天の国は始まってる!」って宣言するもんだから、みんな感動して目を輝かせて聴いていた。「それはうれしい!」「ホントにそうだったんですね!」って、それこそ、涙こぼすような思いのね、そんな群衆の姿が目に浮かびます。
 ・・・教会の使命なんですよ。みんなに、「だいじょうぶだよ、安心しなさい」って。
 以前の教会の青年会の会長さんが、このたびの教会報に原稿を書いて、「こんなの書きました!」ってメールで送ってきてくれたのを、三日ほど前に読んだんですけど、なかなか感動したんですよ。自分なりに、いろいろ考えたんでしょうね、まだ21歳ですけどね。
 テーマは福音なんですけど、「福音って、何だろう」「福音を伝えるって、どういうことだろう」って、自分なりにずっと考えたんでしょうけど、一つの結論を得たんですね。それは、「福音を告げるっていうのは、人を安心させることだ」って、そう書いてあった。いやあ、いいなあ・・・と思いました。
 ・・・人を、安心させること。
 確かに、みんな緊張していて、みんな不安で、みんなイライラしていて。でも、そんなところに、イエスさまが、「だいじょうぶだ」と、「すべてはよくなる」と、福音を語られる。
 さっき読んだイザヤの預言なんかもね、みんなに分かりやすくお話ししたんじゃないですか、イエスさま。今日読んだとこですよ(※5)
 「雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない」 (イザヤ55:10)
 ひとたび、神さまから恵みの雨が注がれたら、それは、何か目的を達せずに、むなしく流れ去ることはないんだ、と。・・・「必ず」です。必ず、「大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、糧を与える」 (cf.イザヤ55:10) 。「それはわたしの望むことを成し遂げ、わたしが与えた使命を必ず(・ ・)果たす」 (イザヤ55:11/強調引用者) 。今日読まれたところの、最後の一行ですね。「必ず果たす」って書いてあります。神さまの約束です。・・・「必ず果たす」。神さまが「必ず」って言えば、絶対に「必ず」です。
 天の父は、ご自分の愛を、みんなに与え続けている。それは、むなしくは天に帰らない。必ずみんなを救う。もちろん現実には、つらいことがあるように見えるけれど、それも含め、ぜ~んぶ、神さまはちゃんと良いものに変えて、「必ず」実りをもたらす。惜しみなく、愛と恵みを、今日も、明日も、どんなに暗い現場にも与え続けている。…そんな福音を聴いてた人たちは、「ああ、よかった、よかった」ってね、喜んでね、感動のあまり涙流す人もいたんじゃないでしょうか。はるばる聞きに来た友達同士、顔見合わせて、「聴けてよかったね~!」ってね、うなずき合ったりしている様子が思い浮かぶんですよ。
 ・・・キリスト教の始まりですね、「人を安心させること」。

 私にとって夏休みは、ホントに安心そのものの日々でした。教会学校のキャンプもあって、ホントに楽しかった。あのころ、私、学校の勉強っていうのは、まったくしてなかったんですね。な~んにもしてなかったです。夏休みも宿題、まったくやらなかった。それで、父親から8月31日にひどく叱られたことがあるんですけど、ぜんぜんやらなかった。あのころは、夏休みの宿題って、やらないでいても、「すいません、今度持ってきます!」とか言ってると、そのうち忘れるんですね、先生って。(笑) で、そのまま逃げ切るっていう・・・。(笑) いい加減な子どもでした。
 でも、教会学校ではちゃんと勉強してたし、まあ、「七つの秘跡を覚えましょう」とか、そんなようなのですけど、神父さまが、「晴佐久君は、よく勉強したから二階級特進だ」みたいな感じで、小学校5年になったら、もう中学生のクラスに入れてくれたんですね。だから、堅信の秘跡(※6)を受ける段になって、ホントは中学生から受けるんだけど、神父さまが、「晴佐久君は、もういいよ」って言って、受けさせてくれたんですよ。そのときに、神父さまが、「堅信の霊名は、ボナベントゥラ(※7)にする」って決めてくれた。「ボナベントゥラって誰? 変な名前~」と。子どもだから、そんな程度なんだけど、神父さまが、「ボナベントゥラは、本当に賢い、頭のいい聖人なんだよ。晴佐久君は賢いからね、ボナベントゥラがふさわしい」って言ってくれて。うれしかったね~、ホントに。なんか、ぼくは勉強があんまりできないって自分でも思ってたのに、神父さまはね、「君は賢いから、ボナベントゥラだ」って。すご~く得意な気持ちだった。「ぼくは、ボナベントゥラなんだぞ!」って。
 なんでそんな話をしてるかっていうと、昨日、ボナベントゥラの日だったんですね、7月15日。ボナベントゥラの日になると、そのことを必ず思い出すんですよ。で、せっかくだから、いつも夏の初めのボナベントゥラの日なんですけど、ボナベントゥラの話をね、ちょっとしておきますね。
 ボナベントゥラって、本名が別にあるんですけど、小さいころに大病をして、死にかけて、お母さんが心配して、アシジの聖フランシスコのところに連れて行ってお祈りしてもらったんです。で、お祈りしてもらったら、すっかりよくなっちゃった。そのときフランシスコは喜んで、「なんて素晴らしいことか!」、これ、イタリア語で、「ボナ、ベントゥーラ!(Bona Ventura!)」って言うんですけど、フランシスコが「ボナ、ベントゥーラ!」って言ったっていうんで、「ボナベントゥラ」って呼ばれるようになったという。ニックネームみたいなもんですね。
 お祈りをお願いするとき、お母さんが、「治ったら、この子をお捧げします」って、聖フランシスコに言っちゃったんで、言葉通りにお捧げして、彼はフランシスコ会に入り、結果的に、フランシスコ会をしょって立つ人になりました。フランシスコ亡きあとは、第二のフランシスコみたいにフランシスコ会を導いて、フランシスコ会の霊性を確立しました。
 当時、トマス・アクィナス(※8)とボナベントゥラっていうのは、神学の双璧で、トマス・アクィナスは非常に理知的な聖人で、神を論理的に証明するっていう神学を打ち立てました。いわばカトリック神学を支えている聖人でもありますけど、それに対してボナベントゥラのほうは、同じく理知的ではあるんだけど、もっと神秘的というか、霊的なことを大切にしていて、ボナベントゥラの言葉ですけれど、「私たちの心が憧れているのは、神を証明することではなくて、神を見ることだ。神のうちに安らぐことだ。私たちは、それを求めている」と。
 おっしゃるとおり。まあ、神の証明なんていってね、結局は人間の頭で考えたことです。「神はホントにおられるのか」とか、「私は何のために生まれてきたのか」とか、「この苦しみに何の意味があるのか」とか、われわれは頭の中でいろいろ考えるけれども、そういう「考え」ではなくて、ただ神を仰ぎ見て、神さまからあふれてくる、その恵みの中で「安らぐ」こと。これが、私たちの本当の生きる目的なんです。「証明するの、しないのをはるかに超えた、神さまとの触れ合い。これが一番大事でしょ?」って、ボナベントゥラの言いたいのは、そんなようなことですね。
 「神さまは真の親で、われわれは神の子だ」ってね、いつもお話ししてますね。考えてみるまでもなく、子どもがね、親の存在を、親の愛を、証明したりしないんですよ。そんなことをする必要がない。だって「ある」んだから。ボナベントゥラが言いたいのは、そこなんじゃないですかね。われわれが、努力して見つけ出すようなことじゃない。もうここに「ある」んだから。それを、安心して、それを受け止めるのみと。
 もうこの、「すでにそこにある神の恵み」っていうのは、ボナベントゥラにとっては、本当に、・・・まあ、たぶん、そういう母親に育てられたからこそなのかもしれませんけど、彼にとっては大原点なんですよ。これから、得ていくようなものじゃない。探し求めてようやく見つけるものでもない。もうすでに、私たちのうちにあるんです。

 私は、子どものころは、ホントに、「心配」っていうの、したことがなかった。まあ、中高時代から、だんだん、恐れとかを感じるようになりましたけど、ホントに小学生のときは、なんの悩みも心配もなく、まさに天国だった。それはもう、「証明するまでもない愛がここにある」っていうことを、やっぱり、知ってたからでしょう。帰ればごはんがある。一日中、好きに遊び回っててもだいじょうぶ。学校では叱られることばっかりだったし、そういうこともあったけれど、でも、夏休みは天国。今朝も、「天国が、もう始まったぞ!」という、そんな思いでワクワクいたしました。
 暑い夏ですけれども、なんとか乗り切りましょう。いろいろ、つらいこともありますけれども、それもすべて、神さまの恵みのうち。今日も、天の父は惜しみなく、ご自分の恵みを無数の種のように、天からの雨のように、注ぎ続けています。これから頂くご聖体も、そんな恵みの一つ。しっかり頂いて、安心して、神さまを仰ぎ見ることといたしましょう。


【 参照 】(①ニュース記事へのリンクは、リンク切れになることがあります。②随所にご案内する小見出しは、新共同訳聖書からの引用です。③画像は基本的に、クリックすると拡大表示されます)

※1:「六義園」
◎六義園 (りくぎえん)
 東京都文京区本駒込にある都立庭園。特別名勝。
 徳川五代将軍、徳川綱吉の側用人(そばようにん)だった柳沢吉保(やなぎさわ よしやす)が、1695年(元禄8年)に加賀藩の旧下屋敷跡地を綱吉から拝領し、自らの設計、指揮で造営した回遊式築山泉水庭園。約2万7千坪の平坦な土地に、丘を築き、池を掘って、7年かけて造り上げた。
 「六義園」の名は、中国最古の詩篇、「詩経」にある漢詩の分類法を、紀貫之が和歌の六つの基調を表す語として借用した「六義(むくさ)」に由来する。
 庭園は、中央に広がる大きな池「大泉水」を樹林が取り囲み、紀州(現在の和歌山県)の、和歌浦や、『万葉集』や『古今和歌集』の和歌に詠まれた名勝に似せた景観を誇り、ツツジや紅葉、しだれ桜、椿、アジサイ、萩など、季節ごとにさまざまな花が咲く。
 明治初年、三菱財閥創業者の岩崎弥太郎氏が、この六義園を購入。1938年(昭和13年)に東京市に寄贈され、有料で、一般公開されることになった。江戸を襲った度重なる火災でも、関東大震災でも、被害をほとんど受けず、造園時の面影を残す六義園は、1953年(昭和28年)、国の特別名勝に指定された。
(参考)
・ 「六義園」(オフィシャルサイト)
・ 「六義園」(ウィキペディア) など
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※2:「イエスさまが、種蒔きのたとえをお話ししてくださいました」
この日、2017年7月16日(年間第15主日)の福音朗読箇所。
 マタイによる福音書13章1~23、または13章1~9節
 〈小見出し:「種を蒔く人」のたとえ13章1~9節、「たとえを用いて話す理由」10~17節〉
===(聖書参考箇所)===
20170716Millet1865-S
 
イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、
ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。
ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。 しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。
ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。
④ ところが、
ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。 耳のある者は聞きなさい。」 (マタイ13:3~9/段落、番号、色分け引用者)
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※3:「まあ、聖書ではこの後に、伸びない種はどういう人のことだ、みたいな説明をしたりもしてるんですけど」
===(聖書該当箇所)===
 
「だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。
① だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。
道端に蒔かれたものとは、こういう人である。
石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、 自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。
茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。
良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」 (マタイ13:18~23/段落、番号、色分け引用者)
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※4:「本来のイエスさまの言葉ではないといわれています」
 この日に会衆に配られた『聖書と典礼』欄外には、上記、マタイ13:18~23節の解説として、以下のような注釈がある。
===(『聖書と典礼』欄外)===
マタイ13:18~23 「だから、種を蒔く人の・・・」: このようなたとえの説明部分は、イエスのことばではなく、初代教会による解釈、適用であると考えられる。ここには、マタイの時代の教会の困難な状況がうかがえる。 (『聖書と典礼』 p.6〈年間第15主日 A年 2017.7.16〉オリエンス宗教研究所/赤字引用者)
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※5:「さっき読んだイザヤの預言なんかもね、・・・今日読んだとこですよ」
この日、2017年7月16日(年間第15主日)の第1朗読箇所のこと。
 イザヤの預言(イザヤ書)55章10~11節
 〈小見出し:「御言葉の力」55章1~13節から抜粋〉
===(第1朗読全文)===
雨も雪も、ひとたび天から降れば
むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ
種蒔く人には種を与え
食べる人には糧を与える。
そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も
むなしくは、わたしのもとに戻らない。
それは
わたしの望むことを成し遂げ
わたしが与えた使命を必ず果たす。
(イザヤ55:10-11/赤字引用者)
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※6:「堅信の秘跡」
 「堅信」は、カトリック教会で、七つの秘跡(洗礼、堅信、聖体、ゆるし、病者の塗油、叙階、婚姻)のうちのひとつ。
洗礼を完成させる秘跡。聖霊の恩恵を与えて、洗礼による新しい生命を成長させ、信仰の証しをたてる力を与える。
 (※「秘跡」とは、キリストによって制定され、教会にゆだねられた、恵みを実際にもたらす感覚的しるしのこと。これによって神のいのちが私たちに豊かに注がれる。)
(参考)
・ 「堅信」(ウィキペディア)
・ 「堅信の秘跡」(Laudate「山本神父入門講座」)
・ 「堅信の秘跡」#1285〜#1321(『カトリック教会のカテキズム』カトリック中央協議会、2002)
・ 「堅信の秘跡」#203~#207(『YOUCAT』カトリック中央協議会、2013)
・ 「堅信の秘跡」(『カトリック要理(改訂版)』中央出版社、1979年)ほか
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※7:「ボナベントゥラ」
◎ ボナベントゥラ(Bonaventura) (1217頃~1274)
 本名は、ジョバンニ・ディ・フィダンツァ(Giovannni di Fidanza)。
 イタリアのスコラ哲学者、神学者。神秘思想家。フランシスコ会士。枢機卿、「熾天使(してんし)的博士(Doctor Seraphicus)」と呼ばれる。カトリック教会では、33人の教会博士のうちの一人で聖人。トマス・アクィナスと並び称せられる。フランシスコ会の哲学の基礎を確立した。(文中へ戻る
===(もうちょっと詳しく)===
 伝説では、彼は幼い時、アッシジのフランチェスコによる奇跡的な治癒を受け、願をかけていた母親によって、フランシスコ会に入ることをあらかじめ定められていた。
 1234年からパリ大学で自由学芸を学び,学位を得て後、ヘイルズのアレクサンデルのもとで、神学を研究。1243年ごろ(25歳ころ)、師と同じフランシスコ会に入会。
 1253年、神学教授の資格を与えられるが、在俗司祭の教授団と托鉢修道会との葛藤に巻き込まれ、正式の認可は57年まで延期された。同年、フランシスコ会の総長に選出され、教授職を断念。彼の著した聖フランチェスコ伝は、修道会公認の『大伝記』となった。
 1273年、アルパノの司教、枢機卿に就任。
 1274年、東西教会の和解を目ざす第2回リヨン公会議に出席し、指導力を発揮している最中に客死。
 急進的なアリストテレスの教説には概して批判的で、神秘主義的なアウグスティヌス、アンセルムスの伝統的な神学と哲学を継承。フランシスコ会の哲学の基礎を確立した。
 彼の形而上学は、魂が「照明」を受けて、神への愛によって、被造物から神へと上昇していく神探求の巡礼にほかなない。また、その歴程における魂の内面へのキリスト教的関心によって特徴づけられる。
 主著は、神秘神学的書物である、『精神の神への歴程』 (1472) 、『神学綱要』 (1472) など。
 カトリック教会の聖人暦で、記念日は7月15日。
(参考)
・ 「ボナヴェントゥラ」(『岩波キリスト教辞典』岩波書店、2008年)
・ 「ボナベントゥラ」(コトバンク)
・ 「ボナベントゥラ」(ウィキペディア)
・ 「7月15日 聖ボナベントゥラ司教教会博士」(「Laudate 聖人カレンダー」)ほか
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※8:「トマス・アクィナス」 (既出)
◎トマス・アクィナス (Thomas Aquinas) (1225頃〜1274)
 イタリアの盛期スコラ学最大の哲学者、神学者。ドミニコ会士、教会博士。「天使的博士(Doctor Angelicus)」と呼ばれる。カトリック教会では、33人の教会博士のうちのひとり。カトリック教会と聖公会では聖人。(文中へ戻る
===(もうちょっと詳しく)===
 その思想の歴史的意義のひとつは、信と知を明確に区別し、同時に両者の有機的な関係を基礎づけ、学としての神学を樹立したこととされている。「恩恵は自然を完成する」という洞察は、彼の哲学、神学を貫いている。「神が人となった」という新約のメッセージのうちに、汲み尽せぬ知恵を見出した。『神学大全』『対異教徒大全』が主要著作。
 以上のように説明すると、頭の固い神学者のように感じられるが、実は詩人でもあった。ときの教皇に聖体についての神学、そして聖体についての典礼や歌を作るよう依頼され、数々の詩が残っている。カトリック教会の、ラテン語の優れた聖体賛歌のほとんどが、このトマス・アクィナスによって作られている。
 また、聖母にも、特別に心を寄せる信心があった。「罪の告白は5歳の子どものようであった」ともいわれている。知性は群を抜いて高く優れていたが、心は子どものように、単純で純粋であったと推察される。
 カトリック教会の聖人暦で、記念日は1月28日。
(参考)
・ 「トマス・アクィナス」(『岩波キリスト教辞典』岩波書店、2008年)
・ 「トマス・アクィナス」(ウィキペディア)
・ 「聖トマス・アクィナス雑感 2012/5/30」(「神父の放言」/個人ブログ)
・ 「聖トマス・アクィナス雑感 その2 2012/5/31」(同上)
・ 「1月28日 聖トマス・アクィナス司祭教会博士」(「Laudate 聖人カレンダー」)ほか
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2017年7月16日(日) 録音/2017年8月11日掲載
Copyright(C)晴佐久昌英