いつもの晩餐

【カトリック浅草教会】

2017年4月23日 復活節第2主日(神のいつくしみの主日)
・ 第1朗読:使徒たちの宣教(使徒言行録2・42-47)
・ 第2朗読:使徒ペトロの手紙(一ペトロ1・3-9)
・ 福音朗読:ヨハネによる福音(ヨハネ20・19-31)

【晴佐久神父様 説教】

 先週洗礼を受けた新受洗者には、改めて、「おめでとうございます」と、そう申し上げたい。そして、ただ「おめでとう」だけじゃなくて、「ありがとう」とも言いたい。
 先ほど、第2朗読(※1)でしたね。
 「神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ」(一ペト1:3)と、そうありました。この「使徒ペトロの手紙」、初代教会での、洗礼式の説教がもとになってるって言われてるんですけれども(※2)、こう言ってました。
 「神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに(・ ・ ・)生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました」 (一ペト1:3-4/強調引用者)
 まさにね、新受洗者に向かっての言葉ですよ。新たに生まれさせられて、もはや朽ちることのない、天の汚れない財産を受け継ぐ者とされた皆さんに、ホントに、「おめでとう」と言いたい。そして、新たに生まれたその人たちに、私たちキリスト者は、「ありがとう」とも言いたい。
 「新たに生まれてくれて、ありがとう」と。
 ちょうど、赤ちゃんが生まれた家庭みたいなもんですね。家族なら、そう言いますでしょ、生まれてきた赤ちゃんに。「生まれてきてくれて、ありがとう!」ってね。あなたが生まれてきてくれたおかげで、うちの中がパッと明るくなって、みんなの生きる意味さえ新たになって、そして、神さまからこんなに大きな恵みを授けていただいたという、自信と誇りを持てるというか。・・・赤ちゃんを授かった家の喜びって、そういうものでしょう。
 浅草教会は、今、そんな気持ちなんです。9人の方の洗礼式を、ちょうど一週間前に、この聖堂でいたしました。本人はもちろんうれしかったでしょうけれども、迎えた家族もうれしかったんですよ。天のご縁に結ばれた家族が、ここにこうして一緒に集まっている、この恵みのときがどれほど素晴らしいかっていうことを、この9人を迎えることで、新たに知ることができて、ホントに、「生まれてくれて、ありがとう!」っていう、そういう気持ちなんです。
 これからずっとね、家族は一緒にいましょうね。赤ちゃんは、家族と一緒にいなければなりません。この家族と一緒にいることで、しっかりと育っていってほしいなあと、心からそう思う。

 トマスはね、一緒にいなかったから、イエスさまに会えなかったんですよ (ヨハネ20:24) (※3)。・・・なんで一緒にいなかったんでしょうねえ。怖かったんでしょうかね。ほかの弟子たちも、ユダヤ人を恐れて、家の戸に鍵をかけて、閉じこもってたわけですけど、トマスは、そこに一緒にいなかった (ヨハネ20:19)
 たぶん、・・・たぶんトマスは、他の弟子にもまして、怖かったんじゃないのかなって気がする。トマスが一番怯えていた。だから、弟子たちはみんな、ユダヤ人を恐れて一緒に集まってたわけですけど、トマスは、「こんな所でみんなと一緒にいたら、見つかって捕まっちゃうかもしれない」と、「たとえみんなは捕まっても、自分だけは助かりたい・・・」と、そう思って、どこかに一人で引きこもってたのかもしれない。
 ・・・でもね、一人でいたら、イエスに会えないんですよ。
 皆さん、信仰は、一人のことじゃありません。「一人で信じる」なんて、意味がない。「一人で救われてどうすんの?」ってことです。そもそもね、人間って、「一人」っていうことが、あり得ないんです。一人だと、もう人間じゃなくなるから。だって、この地球上に、「完全に一人で生きている」と思ってみてください。それ、もう「人間」じゃないでしょ。生まれてからこのかた、親もいません、友達もいません、だれともしゃべりません・・・これ、人間じゃないです。息をして何か食べてても、人間じゃないです。
 「一人の人間」っていうことは、実は、あり得ない。つながりの中でこその人間ですから。みんな、自分は一人で考え、一人で行動し、一人でも生きていけるような勘違いをしているけれど、たとえそうできたとしても、それは、もう人間じゃない。
 一人でいちゃ、いけないんです。怖くても、一緒にいなければなりません。トマスも、再び一緒にいたときに、イエスさまに、ようやく、ちゃんとお会いできました(ヨハネ20:26)。たぶん、だれかが呼びにいったんでしょうね、「トマス~! イエスさまに会ったぞ~!!」と。「ホントなんだよ、信じてくれよ!」と。
 もちろん、トマスの心は一人ぼっちですから、みんなが「イエスに会った!」なんて言っても、「おれは信じない!😤」って言うわけです。たぶん、そんなトマスの性格をよく知っている仲間たちが、「おまえも一緒にいようよ、一緒にいればおまえも会えるよ。こんなとこに一人でいちゃダメだよ」って、きっと、無理やり連れ帰ったんじゃないのかな。だから、八日目には、トマスも一緒にいたおかげで、イエスさまにお会いできて、そして、「わたしの主、わたしの神よ」(ヨハネ20:28)ってね、信仰宣言ができた。
 そして、「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」(ヨハネ20:27)と、イエスさまから、そう言っていただけました。・・・これこそ、私たちに言っていただいていることですね。信じない者ではなく、信じる者になりましょう。私たちのことですよ。
 私たちだって、みんなと一緒にいないと、なかなか、「信じる者」になるのは、難しいです。一人ぼっちでいるときに、「さあ、信じよう。見ないでも、信じよう」って、いくらがんばっても、恐れや疑いが先立って、「信じない者」にしかなれない。信じるっていうのは、みんなでやることだから。
 でも、みんな一緒にいれば、そこに聖なる霊も働き、神さまの祝福が豊かに注がれて、「共にある」という喜びがあふれ、自分たちの一致こそが神の国の目に見えるしるしだと気づいて、「イエスは、ここにおられるんだ!」って感じることができる。
 今日もこうして、「神のいつくしみの主日(※4)」に、みんなが一緒にいる。これが、目に見えるイエスですよね。「見ないのに信じる」って言うけれど、見る目があれば、見えるんですよ。新受洗者を迎えて、神のいつくしみを信じて集うこのミサは、目に見えますでしょ。この集会に、イエスさまがおられる。いや、この集会こそが、イエス・キリストである。それを、信じない者ではなく、信じる者になる。・・・そういうことじゃないですか?

 最近、ベトナムの若者が多いですねえ。ようこそ、ようこそ。
 見ての通り、ベトナム人の若者が増えてきました。友達が友達を連れてくるんでしょうね。私、何人かの青年に、「他の留学生にも呼び掛けて、もっともっと集まろうよ」って以前から呼びかけてたんですけど、先日、「みんなで一緒にご飯を食べる日程を決めよう!」って留学生たちに持ちかけたら、「バイトで忙しいけど、復活祭なら、みんな休みを取ってる」って言うんですね。えらいですね。ベトナムのカトリック信者は数も多いし、熱心ですから。
 でも、日本では日本語の勉強は大変だし、生活のためにバイトも大変。日本人の友達が次々にできるわけでもなく、ベトナム人同士でも、なかなか会えるわけでもなく。それぞれ悩んだり不安だったりなのに、忙しくて教会に行けないことも多い。それが、「復活祭なら、みんな来れる」って言うんで、「じゃあ、復活祭の夕方、みんな集まれ~!」って口コミで広めてもらいました。
 で、先週の復活祭、「ベトナム人留学生の集い」を開いたんですけど、ホントに来るんだか来ないんだか、来るんでもだれが来るんだか、よく分からない。ニャー助祭には、その日の復活祭のミサで、わざわざベトナム語の聖書も読んでもらったりもしたけれど、夕方の集いに来るかどうか、よく分からない。「来るのは5、6人じゃない?」って、ニャー助祭が言うんですよ。(笑)じゃあ、7、8人分のカレーでいいかな、と、カレーを作って待ってました。
 そしたら、最初、5人来て、食べ始めようとしたら、もう5人来た。(笑)「10人なら、少しずつでも分け合えば、大丈夫だろう」って思ってたら、もう5人来た。(笑)で、慌ててピザをとって食べてたら、すぐにもう5人来た。(笑)また追加でピザを頼んだら、さっき運んできたバイトの子が、不思議そうにまたピザを運んできました。(笑)で、最終的にはさらに5人来て、結局、25人でカレーを食べ、ピザを食べで、ホントににぎやかで楽しかった。
 ま~あ、ベトナム人、よくしゃべるねえ。(笑)よく笑うしね、わいわい、わいわい。いや、もう、うれしかったですよ、25人で復活祭のお祝い。「これは、ずっと続けましょう!」っていうことで、ちょうど、先週の復活祭が第3日曜日だったので、「これからは毎月第3日曜日、午後3時、食べに来なさい!」と命令しました。・・・さあ、来月は、何人来るか。復活祭じゃないし、一応、5人分くらい用意しておきましょうかね。(笑)
 ・・・みんな、一緒にいましょうよ。バラバラでいちゃいけません。バラバラでご飯食べてるのは、教会じゃない。
 ベトナムのみんな、日本に来てくれて、ありがとう。日本を選んでくれて、日本語を勉強して、日本人と一緒に生活しようと、そう決心してくれて、ありがとう。日本人は皆さんを歓迎するし、応援してますよ。だから、月に一度は仲間たちと集まって、一緒にご飯を食べる、幸せなひとときを、この浅草教会で過ごしてくださいね。一緒にいれば、イエスさまに会えますよ。
 日本での生活、なかなかつらいでしょ。大変なこともあるんじゃないですか。でも、「一緒にいれば」、そこに、イエスがおられる。主が復活して、「あなたがたに平和」と、そう言ってくださる (cf.ヨハネ20:19,21,26) 。「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と、そう言ってくださる (ヨハネ20:27) 。一緒にいることが何より大事なんです。

 さっきの第1朗読(※5)、聖書の中で、私の一番好きな所の一つです。「使徒たちの宣教」 (使徒言行録) の2章です。これ、皆さん、暗唱してもいい箇所ですよ。
 「信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである 」 (使徒2:44-47)
 これが「教会」ですね。一緒に食べてれば、もはや、家族です。難しい話じゃない。これに、何か付け加える必要ないです。何か削る必要もないです。「これをやってきましょうよ」っていうのが、聖書のメッセージなんです。
 私たち、これを、どの程度やってるでしょうか。「一つになって」ますか。「すべての物を共有」にはしていませんけれども、少しづつでも、共有していきましょうね。家族だったら、「ちょっと貸してよ」とか、「それ、使わせて」とか、普通にやるじゃないですか。家族なんだから。
 「財産や持ち物を売り」と、これは相当難しそうですね。(笑) もっとも、財産って言ったって、そんなにないでしょ?(笑) 「おのおのの必要に応じて分け合った」と。これこそ、家族の本質でしょう。
 先週、新受洗者に教会から本のプレゼントを渡しましたけど、その封筒の中に、教会維持費の袋も入ってた。(笑)まあ、「共有」の第一歩ですよね。「財産を出し合う」の第一歩なんですよ。ない人は出さなくていい。ある人は出す。一緒に生きる「家族」のしるしなんですよね。
 家族は一緒にいる。そのしるしとして、少しずつでもね、共有にして、出し合って。
 そういえば、先週の夕方、ベトナム人の若者たちが大勢集まってくるのを見て、慌ててジュースやお菓子を買いに走って、差し入れしてくださった信者さんがいましたよ。だれが頼んだわけじゃないけれど、自然にそうしてくれたんです。その気持ちですよ、自然な気持ち。「家族なんだから、当然でしょ」っていう、この「当然感」がね、教会では、一番大事。
 そうして、「毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、一緒に食事をしていた」 (cf.使徒2:46) 。この「一緒ごはん」っていうのがね、教会の最高のしるしでもあります。
 これは、もちろん、ミサで、その「最高のしるし」が行われてるんだけど、でも、皆さん、考えてくださいね。ミサは「最後の晩餐」の記念ですけど、「最後の晩餐」っていうからには、「いつもの晩餐」もあったんです。「いつも」があるから、「最後」っていうんです。突然集まった知らぬ同士で、「最後」っていわないですよ。それは、「最初で最後の晩餐」でしょう。「いつもの晩餐」をやらないでおいて、「最後の晩餐」を記念するってのも、なんか変。ぼくら、教会家族は、いつも一緒にいて、すべて分かち合って、仲良く一緒ごはんを続けるからこそ、時には、その家族の原点である、あの晩餐を記念してミサを捧げる。だからこそ、ミサが、「イエスさまが共におられる」という輝く場になる。
 私たち浅草教会の教会家族も、こうして最後の晩餐の記念にみんなが集まっているという、この恵みの瞬間を、本当に、「ここに救いがある」と信じて捧げますけれど、それをいっそう輝かせるためにも、もっともっと、いつもの晩餐をやっていきましょう。新受洗者と共に、いろ~んな集まりを実現させましょう。共同で活動する、いつも一緒にご飯を食べる、そういうことを工夫していきましょう。ホントに、それこそは、かけがえのない恵みのときです。

 復活祭の翌日から、岩手の釜石に行ってきました。カトリックのカリタス釜石のベースをお訪ねして、被災したプロテスタントの教会もお訪ねして、それから、聖公会系のベースもお訪ねして、ささやかながら、みんなを励ましてまいりました。ただね、6年もたつと、行くたびにお会いしていた被災者の方がもう亡くなっておられたりしていて、歳月を感じました。
 震災直後にお会いした方ですけど、彼は、教会関係のベースで信仰に出合って洗礼を受けた方です。震災の直後、ホントにみんながつらかったころ、がれきの山の真ん中で、教会関係のボランティアベースは、ある意味、本当に救いのしるしでした。そこがきっかけで、受洗した人、何人もいました。やっぱり、みんなが家族のように一緒にいるボランティアベースなんかは、そういう人にとって心のよりどころでしたし、その方も、いっつも入り浸ってたんですよ。・・・懐かしいですねえ。私も、その方と、よくおしゃべりをした。
 だけど私、その人にとっては、確かにあの震災で苦しんだけれど、それで終わりっていうんじゃなく、だからこそ、一緒に過ごす仲間を見つけられたことは、「ホントによかったね!」って、ホントにそう思う。教会家族で一緒にご飯を食べ、家族になる洗礼を受けて、家族と共に救いの喜びを味わって、そして家族に囲まれて亡くなった。・・・「ホントによかったね!」って、そう思う。
 皆さん、こうして、毎週、ごく普通に集まってますけど、かけがえないんですよ、このひととき。ホントに大切にしましょうよ。

 帰りがけに、花巻で、宮沢賢治記念館に寄ったんですけど、そこにあった一通の手紙に、私、目がくぎ付けになった。亡くなる十日前の宮沢賢治が、自分のかつての教え子、若い教え子に宛てた手紙なんです。彼、37歳で死んでるんですね(※6)。ここには38歳の新受洗者がいますけど。・・・37歳、若いですよね。その彼が、かつての教え子に、死ぬ十日前に宛てた手紙っていうのが展示されててね(※7)、こう書いてあったんですよ(※8)
 「あなたは、ますますお元気なようで何よりです。だけど私は、2時間も咳が止まらず、夜は胸がピューピュー鳴って」・・・って結核ですね、で、「ホントに苦しい」と。で、「私の人生は、みじめな失敗だった」、そう書いてあるんですよ。なぜならば、「私のうちに、やっぱり、傲慢な気持ちがあった。それは、たとえば、わずかばかりの才能とか、ちょっとした器量とか、身分とか、財産とか」・・・この四つが書いてあった。「わずかばかりの才能とか、ちょっとした器量とか、身分とか、財産とか、そんなものが、自分の一部であるかのように思っていた。その傲慢のせいで、私の人生は、みじめな失敗だった」と。で、「あなたは、そんな失敗を犯さないでくれ」って、若い仲間に遺言してるんですね。
 で、こうも書いてあったのを読んで、切なくなりましたよ。「自由に風の中を歩き回るとか、はっきりした声で、何時間でも話すことができるとか、何円かでも兄弟のために手伝うことができるとか、できない者からみたら、そういうことは、神のわざにも等しいものなんです」と。「これが当たり前だと思わないでください」と。で、「また書きます」と、最後、そう結んでありました。
 賢治さん、死ぬ十日前に、こう考えてるんです。「もう一回、風の中を自由に歩き回りたいなあ」と。「みんなと、はっきりした声で話したいなあ」と。もう、ゼイゼイ、ヒューヒューで、しゃべれないんですよ。だから、「みんなと、はっきりした声でおしゃべりしたいなあ」と。「だれかのために、何円かでも手伝って、助けてあげたいなあ」と。
 そして、「もうそれができなくなった今となっては、それができるということは、神のわざにも等しいものに感じる。あなたは、いま、それができるんだから、一日一日を、大切に生きてほしい」と。

 私たち、神から頂いた日々の恵みを、心から感謝いたします。神のわざにも等しい日々の働きを大切に捧げます。特に新受洗者の皆さんは、今日できることを、精いっぱい捧げて、キラキラ輝いて、主と共に働いてください。
 「わたしは死なず、わたしは生きる。神のわざを告げるために」と、答唱詩編で歌いました(※9)
 新たに生まれた新受洗者の皆さん、「神のわざを告げるために」出発いたしましょう。先輩一同、模範となって、皆さんをお育ていたします。


【 参照 】(①ニュース記事へのリンクは、リンク切れになることがあります。②随所にご案内する小見出しは、新共同訳聖書からの引用です。③画像は基本的に、クリックすると拡大表示されます。)

※1:「第2朗読」
この日、2017年4月23日〔復活節第2主日(神のいつくしみの主日)〕の第2朗読は、以下のとおり。
 使徒ペトロの手紙(ペトロの手紙一)1章3~9節
   〈小見出し:「生き生きとした希望」1章3~12節から抜粋〉
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※2:「『使徒ペトロの手紙』、初代教会での、洗礼式の説教がもとになってるって言われてるんですけれども」
 「ペトロの手紙」には、「ペトロの手紙一(ペトロの第一の手紙)」と「ペトロの手紙二(ペトロの第二の手紙)」とがあるが、今日読まれたのは、「ペトロの手紙一(ペトロの第一の手紙)」。
 この手紙の中心部分である1章3節~4章11節は、初代教会の洗礼式における説教や勧告を改作したものとみるのが、多くの学者の見解になっている。
 その説教の資料となったものは、初代教会の荘厳な洗礼式における信仰宣言、あるいはそのときに歌われた賛歌で、その面影が1章3~5節、2章22~25節、3章18~22節、5章5~9節の四カ所に見られると指摘する学者もいる。
 この手紙は、短いながら、洗礼によって得る新しい命の本質に関する基本的な教えが豊かに述べられている。
(参考)
・ 「ペトロの手紙解説」(「聖書 フランシスコ会聖書研究所訳注」サンパウロ、2011)
・ 「聖書と典礼」p.4 欄外〔復活節第2主日(神のいつくしみの主日)A年 2017.4.23、オリエンス宗教研究所)
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※3:「トマスはね、一緒にいなかったから、イエスさまに会えなかったんですよ(ヨハネ20:24)
この日、2017年4月9日〔復活節第2主日(神のいつくしみの主日)〕の福音朗読箇所から。
 ヨハネによる福音20章19~31節
  〈小見出し:「イエス、弟子たちに現れる」20章19~23節、「イエスとトマス」24~29節、「本書の目的」30~31節〉
===(聖書参考箇所)===
その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。(中略)十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。 (ヨハネ20:19-20、24/赤字引用者)
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※4:「神のいつくしみの主日」 (既出)
 「神のいつくしみの主日」は、2000年に、先々代の第264代教皇、聖ヨハネ・パウロ2世によって復活の主日の次の日曜日(復活節第2主日)として定められた。
 「神の愛のこもった寛容さが特に輝き出る」復活節に、神のいつくしみをほめたたえるため、この名称を付記するよう求められたためである。
 神のあわれみ深い愛がどれほど深く、限りないものであるかが示され、「神のいつくしみの深さを知り、受け入れ、感謝し、与り、ほめたたえましょう。主に信頼しましょう。そして、私たちも、隣人への愛を強め、成長させていきましょう」と促される。
(参考)
・ 「教皇ヨハネ・パウロ2世 神のいつくしみの主日のメッセージ 2005/4/3
(カトリック中央協議会)
・ 「復活節第2主日(神のいつくしみの主日) A年B年C年」(教会カレンダー>ラウダーテ)
  ・・・※ A年の解説には、特に「神のいつくしみの主日」についての説明はない。
・ 「神のいつくしみの主日:教皇「平和と和解の道具となり、神の御顔を世に示そう 2016/4/4」(バチカン放送局)
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※5:「第1朗読」
この日、2017年4月23日〔復活節第2主日(神のいつくしみの主日)〕の第1朗読は、以下のとおり。
 使徒たちの宣教(使徒言行録)2章42~47節
   〈小見出し:「ペトロの説教」2章42節、「信者の生活」43~47節〉
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※6:「彼、37歳で死んでるんですね」
 宮沢賢治の生没年は、明治29(1896)年8月27日 ~ 昭和8(1933)年9月21日(37歳)。
(参考)
・ 「宮沢賢治の生没年月日を知りたい」(レファレンス協同データベース<国会図書館)
・ 「宮沢賢治について」(「宮沢賢治記念会」)
・ 「宮沢賢治」(ウィキペディア)
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※7:「死ぬ十日前に宛てた手紙っていうのが展示されててね」
 この「宮澤賢治の最後の手紙」は、賢治が亡くなる十日前、昭和8年9月11日に、花巻農学校時代の教え子だった柳原昌悦(やなぎはら しょうえつ 明治42年8月10日~平成元年2月12日)氏宛に送った手紙。
 柳原氏は明治42年生まれで、花巻農学校入学1年後、賢治が学校を辞めることになったとき、ストライキを計画して引き止めようとしたが、賢治から、「お前が考えているような理由で辞めるのではない」と諭されたという。
 柳原氏は、のちに岩手師範学校を卒業して小学校教員となっていたが、新聞で賢治の死を知ると、この手紙を握ったまま駆けつけ、祭壇にそれを捧げて慟哭したという。
(参考)
・ 「石飛博光氏の書 『宮澤賢治の最後の手紙』校内に設置される 平成24年1月23日(花巻東高等学校)
・ 「3018人のつながり等」(個人ブログ:「みちのくの山野草」)
*****
・ 「宮沢賢治記念館〈岩手県花巻市矢沢1地割1番地36〉(花巻の観光情報<花巻市)
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※8:「こう書いてあったんですよ」
全文は、以下で読むことができる。
・ 「[488] 1933年9月11日 柳原昌悦あて 封書」(「宮沢賢治作品館・資料篇」)
・ 「310 『下ノ畑ニ居リマス』の秘密」(個人ブログ:「宮沢賢治の里より」)
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※9:「『わたしは死なず、わたしは生きる。神のわざを告げるために』と、答唱詩編で歌いました」
===(この日の答唱詩編)===
詩編本文
 
きょうこそ神がつくられた日 よろこびうたえ この日をともに
答唱句
① 恵み深い神に感謝せよ。そのあわれみは永遠。
   イスラエルよ、叫べ。「神のいつくしみは絶えることがない。」
② 「神の右の手は高くあがり、その右の手は力を示す。」
   
わたしは死なず、わたしは生きる。神のわざを告げるために。
③ 家造りの捨てた石が、隅の親石となった。
   これは神のわざ、人の目には不思議なこと。
    (詩編118・1+2、16+17、22+23/典礼聖歌 87①②③/赤字引用者)

===◎答唱詩編(既出)=== 
 主日と祝日のミサでは、第1朗読(通常、旧約聖書)、第2朗読(通常、使徒の書簡)、福音朗読(福音書)の、3回聖書が朗読される。
 第1朗読の後、一同は少しの間、その神の言葉を味わい、その後、「答唱詩編」が唱えられる。これは歌われる場合が多いが、朗読される場合もある。本来、答唱詩編は詩編による黙想なので、歌われる詩編は第一朗読にあわせて選ばれ、朗読された神の言葉を味わうことができるように工夫されている。
 詩編本文と答唱句から構成されていて、詩編本文は先唱者が、答唱句は会衆全員が、それぞれ交互に歌うことが勧められている。それによって、互いに聴き、互いに祈るためのものであるということを忘れないようにする。
 たとえば、この日の答唱詩編(以下の「この日の答唱詩編」)を例にとると、
  
詩編本文(先唱者)→答唱句①(会衆全員)→詩編本文(2度目:先唱者)→答唱句②(会衆全員)→詩編本文(3度目:先唱者)→答唱句③(会衆全員)で終わり。
(参考)
・ 「ミサ司式第」(『ともにささげるミサ 改訂版』、2006年) 
・ 「ミサ司式第」(「ミサ」 ウィキペディア)
・ 「(8)答唱詩編」(カトリック田園調布教会) ほか
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2017年4月23日(日) 録音/2017年5月11日掲載
Copyright(C)晴佐久昌英